2 故郷より
第17話 便り
金曜日の夕暮れは、特別柔らかく優しい色をしているように見えた。休日前の自由な空気がそう見せるのだろうか。
サクシードとのいざこざから二週間。そういえば、あの日も金曜日だったなと、寮の窓から空を見ながらパルは思った。
頬の傷は癒えていき、もうガーゼを貼らなくても平気だった。あれだけ腫れ上がって激しい痛みもあったのに、時間が経てば勝手に治っていくことが不思議で仕方なかった。手で頬を撫でても、刺激一つないのだ。心にはまだ癒えない傷が残っているのに。
パルは部屋の真ん中に突っ立ったまま、エントランスのポストに入っていた一枚の葉書きを読んだ。
『パル、お元気ですか。こちらはみんな元気です。奨学金を送って下さってありがとう。大切に使います。冬季休暇にはきっと帰って来て下さい。成長した姿を楽しみにしています。これから寒くなりますが、体に気を付けて下さい。』
故郷の母からだった。奨学金を送ったので、その礼のついでに近況を訊ねてきたのだ。
冬季休暇は寮も一週間ほど閉めるというし、その間は故郷に帰るしかない。それまで平穏に暮らせればいいが、帰郷直前にまた体の目立つ所に大きな傷でも作ったら母は心配するだろう。ただでさえ、きょうだいの中で一番気が弱く、自己主張もしない子供だった。中等学校入会のために故郷を離れる時も、母は眠れなくなるほど心配していた。これ以上心労を掛けたくはない。嘘でも元気で充実した毎日を過ごしていると言いたかった。
返事が遅れるとまた心配するだろう。パルは机に向かい、買い置きしていた葉書きと切手を引き出しから取り出した。
『お便り下さってありがとう。みんな元気そうで何よりです。学校は毎日忙しいですが、友人達が色々と助けてくれています。お金は好きに使って下さい。冬休みは閉寮に合わせてそちらへ帰ります。みんなに会えること、楽しみにしています。』
そうしたためて切手を貼り、机の端に置いた。
もう門限になるので今日は出しに行けないが、明日の昼、散歩のついでに出すことにした。
パルは溜め息を吐いてベッドに仰向けに寝転がった。
今日も日は暮れていく。明日も明後日も、その次も。
心が癒える日なんて本当に来るのだろうか。
パルは天井を見つめながら考えた。
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