第16話 生命力
「この町は興味深い。町の人間より貧民街の人間の方が生気に満ちている。町は清潔で景観もいいが、みんな物音を立てずに静かに生きている。活気とは別の装いを持っているな」
帽子の男は酒宴の笑い声に耳を傾けながら言った。
「ところで、お前の父親はポート街の向こうに見えるあの工場群の工場長を任されているらしいな。噂によると、将来はお前がそれを継ぐんだとか」
帽子の下から探るような視線を向けられ、シャルルは眉を顰めた。
「将来のことなんて何も決めてないよ。そんな変な噂、真に受けないでよ」
「そうか」
と、帽子の男は煉瓦壁から背中を離した。
「お前が度々ここへ来たがる理由は何となく察しがつく。だが、調子に乗って痛い目に遭わないよう、精々気を付けるんだな。本来、お前は招かれざる客だ。住む世界が違うということを忘れるなよ」
帽子の男はシャルルから離れ、廃屋と廃屋の細い隙間に入っていった。
彼が述べたスウィルビンの所感に異論はない。シャルルがここへ来る理由も、冷やかしなくきちんと理解してくれているんだろう。
シャルルは高等住居区に生まれた身だが、自分に生命力があるかと言われると自信はなかった。ここまで無難にやって来られたのは温室で守られながら育ったからではないか。そんな恐れがあった。剥き出しの強い生命力に触れたい時、惹かれるようにここへ来る。弱く醜い自分を曝け出し、存在の小ささを思い知り、惨めな気持ちを撥条にして――跳ね上がりたい。自分の力で思い切り。夕日に焼かれるほど高く遠く。そんな切ない願いが溢れてくるのだった。
シャルルはポート街最奥の女詩人の元へ向かった。最後に会ってから二週間経ったが、元気にしているだろうか。
彼女が座っているはずの木箱が見え、シャルルは足を止めた。女詩人はいなかった。眩しい夕日が木箱の面を照らしている。
シャルルは誰もいない木箱に近付き、その隣に座った。
まだ暖かい日は続いているが、体調でも崩したのだろうか。それとも何か用事でもあったのだろうか。
シャルルはいつも彼女が見ている夕暮れを一人で眺めた。
この空の向こうに明日への扉があることを、これからも彼女が信じ続けてくれるよう、今は祈るしかなかった。
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