第2章 秋の日々
1 シャルルと林檎の詩
第15話 林檎の酒宴
今年は十一月に入っても暖かい日が続いた。朝晩だけが肌寒い。
放課後、シャルルはポート街手前の草むらへ来た。いつもはひとけもなく森閑としているが、今日は煉瓦壁の向こうから人の声が聞こえた。一人や二人の声ではない。そこそこの人数が集まり、大声を上げているようだった。
シャルルは不思議に思いながら気配を消して草むらを進み、煉瓦壁の隠し木戸をそっと押し上げた。すぐには中に入らず、押し上げた木戸の隙間から様子を窺う。
夕日に打たれて眩しかったが、目を凝らして見てみてもポート街の大通りに人影はなかった。どうやら道の右手側に並んでいる廃屋のうち、一番手前の建物に人々は集まっているらしかった。ポート街の一番手前の建物というと、英雄詩人・カムリの住まいになっている場所だった。
シャルルは辺りを見渡しながら用心深く木戸を潜った。
「お前、こんな所で何してる?」
タイミングを見計らったように真横から急に声を掛けられ、シャルルは息を呑んだ。そこに立っていたのは帽子の男だった。煉瓦壁に寄り掛かってカムリの家を見ている。
「意地が悪いな。びっくりさせないでよ。お兄さんこそこんな所で何してるの」
シャルルは制服に付いた雑草の草や綿を払いながら言った。帽子の男は鍔の下から鋭い視線を放ち、何も答えずにカムリの家を見ていた。
「カムリの家で何かやってるの?」
帽子の男はコートの内ポケットから藁半紙を出してシャルルに渡した。それは、カムリの書いた林檎の詩だった。
ポート街に生きる貧民の立場から、町の住人とポート街の住人とを対比的に描いていた。町の人間を美しい林檎と形容し、ポート街の人間を林檎ではないと形容している。一見自虐的にも見えるが、カムリが本当に描こうとしたのは、町の人達からの冷たい視線の外で逞しく生きる、自分達の生命力の強さなのではないか。カムリの詩作のテーマにも通じる。
「俺達は腐った林檎だが、それがどうした。俺達は嵐の中でも貧困の中でも生きていける。なかなか楽しいもんさ」
カムリの家では林檎の詩を肴に酒盛りをやっているらしかった。詩を売って得た利益で住人みんなの飲食物を整えたんだろう。カムリの豪快な言葉に、集まった人々は笑い声を上げた。当たり障りなく無難に生きる町の人間でも、こんなに明朗に笑う人はあまりいないだろう。
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