第81話 涙

 カムリは腕を組んで突っ立ったままこちらを見た。彼の奥には一つのベッドがあり、女詩人はそこに横たわっていた。

「シャルルか」

 カムリはシャルルを見ると力なくそう呟いた。

 シャルルはベッドに駆け寄り、女詩人の顔を見た。

「お姉さん、嘘だよね。どうして……」

「ここ二、三日冷え込んだだろう。それで、ただでさえ弱っている体が持たなかったらしくてな」

 言葉を話せない女詩人の代わりにカムリが言った。ちょうど帽子の男も廃屋に入ってきた。

「息を引き取ったのは今し方だ。心臓は止まってしまったが、耳はまだ生きているかもしれない。何か声を掛けてやれ。きっとこの娘も息を引き取る前に、お前に一目会いたかっただろうからな」

 帽子の男に言われ、シャルルはベッドの前にひざまずき、女詩人の頬を撫でた。息を引き取ったとは思えないほど穏やかな顔だった。

「……お姉さん、信じられないよ。どうしてこんなことになったの。……俺はお姉さんの書く詩が好きだった。あなたと一緒にあの木箱のそばで、空が暮れていくのを眺めているのが好きだった」

 そんなふうに過ごしてきた彼女とのささやかな時間を思い返すと、知らず知らず涙が浮かんできた。

「……もっとお姉さんの書くものを読みたかった。どんなことを感じてどんなことを考えているのか、知りたかった」

 女詩人の手を握ると冷たかった。余計に悲しみが募り、シャルルは痩せ細った彼女の肩に突っ伏した。

「お別れなんて、寂しいよ。……今まで、きれいな言葉をたくさんくれて、俺、すごく嬉しくて、君に会うことが楽しみだったのに」

 こそから先は言葉にならなかった。小さな廃屋に微かな泣き声が響いた。普段通りの姿で目の前にいて今にも起き上がりそうな気がするのに、彼女はもう動かない。喋らない。息もしない。彼女が見せてくれた笑顔や言葉が次から次へと浮かんでは消えた。

 大人二人は静かにシャルルを見守った。

 帽子の男は一枚の紙を取り出し、シャルルに渡した。

「これは数日前、この娘がお前に宛てて書いたものだ。万が一の時のために俺が預かっていた」

「……ありがとう」

 シャルルは虚ろに礼を言うと、紙を受け取った。

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