第82話 風の歌

 その紙に何が書いてあるのかは帽子の男も知らないらしかった。

「こんな手紙を遺すくらいだから、人生の終わりにお前のような人と出会えて、この娘も嬉しかったんだろうな」

 帽子の男が言うそばで、カムリは小さく舌打ちをした。

「ポート街の住人として俺のそばにいてくれれば何かしら助けてやれたかもしれないが、この子は余計な援助を一切断ったらしいな」

「無念な気持ちはよく分かるが、それがこの娘の選んだ道だ。ずっと体の痛みに耐えていたようだし、手の施しようもないほど悪くなっていただろうからな」

 帽子の男の言葉を聞くと、カムリは溜め息を吐いた。

「シャルル、俺達は病院やら警察やら色んなところに連絡をしなきゃならないから、一旦ここを離れる。時間があるならしばらくこの子に付き添ってやりな。すぐに戻るから」

 カムリにそう言われ、シャルルは頷いた。

 二人が廃屋を出ていった後、シャルルはベッドの縁に座って紙を開いた。

 そこには、一つの詩が書かれていた。



この街の片隅で 風の歌を聴いている

瓦礫のそば 誰もいない場所で

優しい歌を歌っている


あの雲は命を紡いでいる

あの光は人生を彩っている


枯れ木にもたれて風の歌を聴くことが

私はとても好きだった

いつも いつまでも

やわらかな歌に包まれていたい


私がいつかこの歌を聴けなくなっても

他の誰かが耳をすませて聴くでしょう


喜びも悲しみもいっぱいの

それでも美しい人生の

止まらない旋律を感じるでしょう


あなたがその歌を口ずさんでくれたなら

どんなに遠く離れていても

私の耳に 風の歌はきっと届く


切手のない歌声が 暮れかけの空に響いたら

あたたかい春風を あなたに送りたい

ありがとうと 言葉を乗せて

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