第83話 膝掛け
シャルルは女詩人からの手紙を手に持ち、ベッドに腰掛けたまま、女詩人に語り掛けた。
「こんなことを言うとカムリに怒られるかもしれないけれど、俺は、お姉さんがいたからポート街を好きになったのかもしれない。ここに来て君の隣に座って一緒に空を眺めているだけで、癒やされていくような気がした。お互い、自分のことはあまり話さなくて、俺もお姉さんのことはよく知らないままだけれど、何でも知っていればいいってわけじゃなくて、何も知らない距離感の中でしか癒せない傷もあるんだなって、何となく感じてた。俺は、全然お姉さんの役に立つような人間じゃなかったけれど」
一度引いた涙は波のように再び溢れ、シャルルは目を拭った。
「お姉さんの言葉はいつも素直でやわらかかった。俺もこんな素直にものを感じてみたいと思った。なかなか真似できないものだよね」
ふと女詩人の顔を見ると、枕元にシャルルの贈った膝掛けが綺麗に折り畳まれて置かれていた。彼女が畳んだものだろうか。きっと、丁寧に人生を生きた人なのだろうなと思った。
シャルルはそれを取ると、空中で広げ、女詩人の腹部に掛けた。
「お姉さん、天国はきっとあったかいところだよ。お姉さんは体の痛みもあったみたいだし、生きている間、いっぱい頑張ったよね。お姉さんと別れるのは嫌だけれど、ゆっくり休んでね」
そんなことを語り掛けているうちに、カムリと帽子の男が戻ってきた。
「シャルル、もうすぐ医者やら警察やらが来てここも慌ただしくなる。お前はもう帰った方がいい。高等住居区の子がこんなところでこんなことに関わったとなると厄介なことになりそうだ。悪く思うなよ。この子のことは俺達に任せろ」
カムリにそう言われ、シャルルは頷いた。
「あのさ、一つお願いがあるんだけど」
シャルルは帽子の男に言った。
「この膝掛け、俺がお姉さんにあげたものなんだ。もし可能なら、お姉さんの棺に入れてもらえないかな」
「分かった。必ず入れるようにする」
それを聞くと、シャルルはもう一度女詩人の手を握った。
「お姉さん、本当にありがとう。俺、絶対に忘れないから。君に会えて、よかった」
彼女の寝顔は穏やかだった。苦しみの影はなかった。その顔を目に焼き付け、シャルルは静かに廃屋を去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます