第111話 好きな色

 中等学校を卒業したシャルルは一足先に春休みに入ったが、在校生はそれより一週間ほど遅れて春休みに入った。

 その春休み初日、シャルルはダリアと二人で出掛けた。ダリアの方から、春休みに入ったら一緒に散歩に行きましょうと誘われていたのだった。

 ダリアとこうしてゆっくり話をするのも久しぶりだった。隣同士に住み、同じ学校に通っていたのに、顔を合わせない時はとことん合わせない。不思議な空白期間だった。

 三月の終わりになると、風があたたかく感じることも増えてきた。ダリアの髪は歩調に合わせてふわふわと揺れていた。

「シャルル、改めてご卒業おめでとうございます。卒業証書を受け取るところ、わたくしも見せていただきました。大変ご立派でした」

「ありがとう。でも、卒業証書を受け取るところは忘れてもらえると嬉しい。緊張してがちがちだったから」

 ダリアは笑った。

「そんなふうには見えなかったわ。堂々としていましたもの」

「来年はダリアの番だよ。俺もダリアが卒業証書を受け取るところ、見てみたかったな」

 からかい混じりにそう言うと、ダリアも臆することなく胸を張って言い返した。

「あら、わたくしもぜひお見せしたいわ。講堂の壇上で物を受け取ることには慣れていますもの」

 ああ、そうだった、と思いながらシャルルは笑った。学力コンテストの表彰で毎度壇上に上がり、全校生徒の見守る前でメダルを受け取ってきたダリアには、卒業証書の受け取りなど怖くも何ともないようだった。美しい所作で受け取りをこなす姿が容易に想像できた。

 二人は商業区へ向かい、ダリアが通っている画材屋へ入った。ダリアは慣れた足取りで油絵の具の売り場へ向かっていく。シャルルは初めて入った店内を興味深く見回しながらダリアの後に付いていった。

「そういえばシャルル、あなたの好きな色って何ですか?」

「好きな色?」

 シャルルは考え込んだ。好きな色のことなんて考えたこともなかった。私物はモノトーンのものが多いし、部屋の中に鮮やかな色のものはほとんどない。

「この絵の具の中で、惹かれる色はありませんか?」

 ダリアにそう言われ、シャルルは棚に並べられた絵の具を眺めて一番惹かれる色を探した。

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