第2話 女詩人
女詩人は今日も木箱に座って虚空を眺めていた。シャルルより少し歳上らしいまだ若い女性だが、体は病的に痩せ細り、髪は光沢を失っていた。着ている黒服は土埃で汚れている。霧のような細かな光が細い体を包んでいた。
シャルルはその姿を捉えると思わず二三歩駆け出したが、慌てて近付いては相手を驚かせるだけだと思い、すぐに歩調を緩めた。シャルルの気配に気付いているのかいないのか、女詩人は近付いてくる人影には目もくれず、ずっと空を見上げていた。
「こんにちは、お姉さん」
木箱の前に跪き目線を合わせて声を掛けると、女詩人もやっとこちらに目を合わせた。光のない、黒一色の瞳だった。軽く目を伏せ頭を下げて挨拶に応える。
意思疎通が出来たことに安堵しながらシャルルは言葉を重ねた。
「この前は詩をくれてありがとう。あの詩はとても良かった。綺麗な詩だったね。新しい作品は書けた?」
期待に胸を膨らませた真っ直ぐな少年の眼差しに、女詩人は困ったような笑みを浮かべた。
「何を書いたらいいのか分からなくて……新しい詩は書けてないの。ごめんね」
「ううん、いいよ。俺が勝手に押し掛けてきただけ。元気にしてるか心配だったから、会えて良かった」
「気に掛けてくれて、ありがとう」
シャルルは名前を始め、女詩人の素性を一切知らなかった。最初からポート街にいたのか、どこか別の町から流れ着いたのか、なぜポート街最奥の廃屋に暮らすことになったのか。不思議に思うことは色々あったが、訊ねたことは一度もない。
シャルルは木箱の横に腰を下ろし、女詩人と一緒に夕空を眺めた。
中等学校三年生。学園都市スウィルビンのサクレット中等学校に通う生徒は大抵エスカレーター式にサクレット高等学校に入学するので進学の悩みはないが、ポート街の風に吹かれていると、普段は見えない将来への憂いや生活の中に潜む影、その中に身を置く自分の弱さ脆さが見えてくるような気がした。
女詩人は真っ直ぐ空を見ている。
彼女が何を思っているのかシャルルには分からない。
思考など読まなくても人と繋がることはきっと出来るのだと無性に信じたかった。
「新しいものが書けたら読ませてね。楽しみにしてるから」
「……ありがとう……」
女詩人の微かな声は、儚い微笑と共に夕日に溶けた。
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