第3話 帽子の男

 空はすぐに青く暮れ、星が灯った。風は冷たくなった。シャルルは女詩人と再会の約束をして別れ、薄暗い大通りをポート街の入り口に向かって戻っていった。

 女詩人は前に会った時よりも少し痩せたような気がした。この貧民街ではまともに衣食住が整うとも思えないし、何かしら援助が出来たとしてもきっと彼女は受け取らないだろう。これから来る冬を乗り越えられるのだろうか。

 そんなことを考えていると、背後から小石の転がる音がした。いつの間にか背の高い人影が後から付いてきていた。いつもシャルルに嫌味を言う、黒い中折れ帽を被った痩躯の男だった。彼はロングコートを翻し、低くくぐもった声で話し掛けてきた。

「お前、またあの女詩人に会いに行ったのか?」

 早速嫌味が始まった。

「このポート街には英雄詩人のカムリもいるのになぜ名もなき凡才詩人の元へ行く?」

 シャルルはその嫌味にうんざりして溜め息を吐いた。

 ポート街は貧民の集まりだが、その住人達を纏めているのが英雄詩人のカムリだった。筋肉質の巨体に似合わず貧民の立場から切々と人生の厳しさ理不尽さを描き、世間からも注目を集め、作品を売ってポート街を支えていることから『英雄』と呼ばれるようになった。

 貧民の街という性質上、シャルルのように高等住居区に住む身奇麗な中等学校生の存在はポート街の住人にとって疎ましいもので、この帽子の男はシャルルの姿を見付けるとすぐに追い掛けて嫌味を言うのだった。

 ただ、この男がポート街の面々と一緒にいる所なんて見たことがないし、女詩人との関係も不明で、どういう立ち位置でポート街をうろついているのかシャルルには分からなかった。――シャルルも人のことは言えないのだが。

「俺はあの人の書く詩が好きだから通っているだけだよ」

 シャルルは簡潔にそう答えた。

 男が付いてくるのはポート街の中だけで、さすがに煉瓦壁の隠し木戸の外までは付いて来ない。

 シャルルが隠し木戸を押し上げて身を屈めると、男は背後から言った。

「もう来るなよ。小綺麗な中等学校生なんざ目障りだからな」

「――分かった。もう来ないよ」

 シャルルも吐き捨てるように言って木戸を潜り、ポート街を去った。

 空を見上げると、夥しい星の瞬きが見えた。

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