第105話 素顔

 自宅学習中のサクシードは週に一度トムじいさんと面会する約束をしていたので、この日もサクレット邸に赴いた。サクレット邸の門番や使用人達もサクシードを受け入れることにすっかり慣れ、サクシードも門からトムじいさんの部屋まで慣れた歩調で進んだ。トムじいさんはサクシードが来ると嬉しそうに出迎えた。

「サク坊、よく来たね。さぁ、そこへお座り。試験勉強の方はどうかね」

「問題ないよ。順調」

 サクシードはソファーに腰掛けながらそう答えた。ぶっきらぼうながら会話にも応じるようになったのは大きな前進だった。

「それならよかった。今回の試験結果も留学先の学校へ送られるそうだから頑張っておいて損はないだろう。試験が終わったら出立の準備もある。忙しくなるから体調には気を付けなさい」

 トムじいさんにそう言われ、サクシードは頷いた。

 トムじいさんはいつも自らお茶を入れてもてなしてくれた。差し出されたものを、サクシードは無言で飲む。味の感想を言ったことは一度もないが、トムじいさんはサクシードがお茶を飲むのを満足そうに見ていた。

 過去の過ちを問いただすわけでもなく、未来の見通しを訊ねるわけでもない。無言の時間が続いてもトムじいさんは気にしなかった。時折トムじいさんの方からぽつりぽつりと話を振る。

「向こうで住む部屋はどんな感じだね。内見に行ったろう」

「悪くない。いい感じ」

「君の屋敷に比べたら狭かろう」

「狭いけど、悪くない。秘密基地みたいで面白かった」

 トムじいさんは笑った。

「そうかね。いい部屋が見つかったようでよかった。面倒を見てくれる使用人が付いてきてくれるとはいえ、身の周りのことも自分でしなければならんから大変だな」

「すぐ覚えるよ、それくらい」

「そうかね。サク坊は逞しいな」

 トムじいさんは笑いながら言った。サクシードは滅多に本心を明かさない少年だったが、こうして話をしている時に、ふと飾らない素顔が見え隠れすることがあった。その何気ないささやかな交流がトムじいさんは好きだった。

「サク坊や、お茶のお代わりはどうかね」

 そう訊ねると、サクシードは遠慮することなくカップを差し出した。

「もう一杯、欲しい」

 トムじいさんは喜んでカップを受け取り、お茶を注いだ。

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