第104話 最後の勉強会

 まだまだ寒い冬の高等住居区の道を、アイシスは歩いていた。街路樹は休眠中で枝ばかりだが、初めて高等住居区に来た時はこの木々も若葉に満たされて輝いていた。次に若葉が芽吹く頃にはセルシオはもうこの町にはいない。寂しさが込み上げてきた。

 サクレット邸に着くとセルシオ自ら門前で出迎えてくれた。

「アイシス、来てくれてありがとう。最後の勉強会になったね」

「セルシオ先輩、ありがとうございます。今日もよろしくお願いします」

 セルシオは頷き、アイシスを部屋に案内した。

 初めてセルシオの部屋に来た時、アイシスは感じたことのない気高さに圧倒され、息を呑んだことを思い出した。

 二人はソファーに隣り合って座った。高等学校の学年末試験は中等学校より十日ほど遅れて実施される。セルシオも自分の教科書やノートを広げたが、試験の近いアイシスのフォローを優先してくれた。

 一年間、セルシオの勉強方法を見てきたアイシスは、難しい問題も自力で解けることが多くなっていた。

「アイシス、勉強のやり方が上手くなったね」

「いつもセルシオ先輩を見ていましたから」

 そう言われ、セルシオは首を横に振った。

「私のやっていたことはそんなに大したことではなかったと思う。アイシスは元から聡明で、私も大きく影響を受けた。この一年の勉強会は大切な思い出になった。向こうへ行っても、きっと頑張れると思う。アイシス、ありがとう」

 思わぬ言葉に、アイシスは驚きながらセルシオを見た。

「いいえ。助けていただいたのは私の方です。色々と教えていただいてありがとうございました。先輩がいてくださらなかったら私は勉強なんて頑張れなかったと思います」

「アイシス、しばらく会えなくなるけれど、体に気を付けてね」

「はい。先輩も、お元気で。きっと向こうでは素敵な体験をたくさんされるのだと思います。いつか、その話を聞かせていただけると嬉しいです」

「うん。ありがとう。せっかくだからアイシス、ちょっとだけ勉強ことは忘れて、散歩に行こうか」

 アイシスは笑って頷いた。

「はい」

 二人は勉強道具を片付け、晴れた冬の町へ出掛けた。

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