第114話 春風(最終回)

 明るい夕日が町を包んでいた。ポート街手前の草原では休眠していた雑草が芽吹き始めていた。 

 シャルルは煉瓦壁の隠し木戸を押し上げて眩しいポート街へ入り、一番手前の廃屋に入っていった。

「おお、シャルル、来たか」

 と、カムリが歓迎してくれた。カムリはシャルルの真新しい制服姿を見ると、大きく頷いた。

「いいな。よく似合ってる。立派だよ」

「ありがとう、カムリ。でも、まだ慣れてなくてむずむずするんだ」

 カムリは笑った。

「そのうち慣れるさ。それよりも、ここの手前の原っぱで制服汚さないようにしろよ。いい服なんだからな。……あの子にも見せに行くんだろ?」

「うん。今から行ってくる」

「お前さんのその姿を見たら、きっと喜ぶよ」

 カムリの言葉に頷きながらシャルルは廃屋を後にし、夕日に向かって真っ直ぐ伸びる大通りを歩いた。彼女がいなくなってからもここへ来る時の胸の高鳴りは変わらなかった。初めてここへ来た時と同じようにどきどきしている。女詩人と初めて出会った時、彼女は心をなくしていた。声を掛けても何も反応してくれなかった。彼女が持っていた手帳に目を向けると、一編の詩が書かれていた。

「これ、お姉さんが書いたものなの? すごく綺麗な詩だね」

 そのシャルルの一言が、女詩人との交流の始まりだった。

 顔を合わせ、言葉を交わし、詩を読み、絆を深めた。

 シャルルは女詩人の墓石の前まで来ると、急に色々なことを思い出した。元気でいてもらいたくて膝掛けを贈った。その時に握った彼女の手の感触は今でも忘れられなかった。

「お姉さん、俺、高等学校生になったよ。お姉さんが教えてくれたベリランダの言葉、これから勉強していくからね。将来のことを何も考えられなかった俺に、道を示してくれてありがとう。お姉さんに恥じないような立派な高等学校生になるから、これからも見ててね」

 シャルルがそう声を掛けると、やわらかな風がふわりと吹いて頬を撫でた。あたたかな春風だった。

 ――ありがとう。頑張ってね。ずっと応援してるから。

 そんな優しい声が聞こえた気がして、シャルルは眩しい夕空を眺めた。


(終)

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