第71話 暗示
シャルルは眉間に皺を寄せて紙を睨みながらポート街の入り口まで戻ってきた。シャルルがポート街に来たことを察知していたらしく、カムリの家の前に帽子の男が立っていた。
「お前は近頃変な顔ばかりしているな」
と、帽子の男は呆れたように声を掛けた。
「お兄さん」
シャルルは警戒心なく彼の方へ歩いていき、女詩人の詩を見せた。
「これ、どこの地方の言葉が分かる? 上に書いてある文章なんだけど」
帽子の男は紙を受け取ってしばらく眺めた。
「ベリランダの言葉のようだが……これはどうした」
「あのお姉さんがくれたんだよ。ベリランダって、ずいぶん遠い海沿いの国だよね」
帽子の男は軽く頷いて紙を見つめた。
「あの娘が書いたということか」
「そうだよ。下の翻訳もお姉さんがしてくれた」
「ほう……」
そう言いながら男は紙をシャルルに返した。
「お前、今あの娘に会ってきたのか」
「うん。いつもの木箱に座ってたから」
それを聞くと帽子の男は険しい顔でシャルルから目線を逸らした。その何気ない仕草だけで、あの女詩人の身に何かよくない兆候らしいものがあったのだろうなとシャルルも察した。さっき会った時は元気そうに見えたが、たまたま一時的に体調がよかっただけなのかもしれない。
――ポート街で余計な詮索は野暮だ。以前帽子の男が言っていたように、ポート街は必要があれば心を開いてくれる。
よくない雰囲気を察しながら、シャルルは帽子の男には何も訊ねなかった。きっと訊ねてもはっきりした答えは返ってこないだろう。
彼と女詩人との関係も、シャルルには推察することしかできない。そんなに深い関係でもなく、だからといってお互い無関心なわけでもない。名付けようのない関わり方があるように思われた。
秘密の多い男だが、シャルルも自分のことはあまり話さないし、お互い様なんだろう。
帽子の男はシャルルから視線を外したままぽつりと呟いた。
「風に当たるのもほどほどにした方がいいんだがな」
彼は帽子の鍔で顔を隠しながらシャルルに軽く手を振り、ポート街の奥へ去っていった。
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