第70話 知らない言葉

 ダリアと別れた後、シャルルはポート街へ向かった。いつもは学校帰りの夕方に制服姿のまま寄るが、今日は土曜日で夕方まではまだ時間がある。こんなに早い時間にポート街に行くことは今までなかった。

 ポート街の前の草むらは静まり返っている。冬になり、多くの草は茶色く枯れていた。シャルルは痩せた草むらに分け入って煉瓦壁まで辿り着き、隠し木戸を押し上げた。まだ日が高いので夕日が目を打つことはない。ポート街の大通りは澄んだ光で明るかった。新鮮な景色だった。

 この時間でも大通りには誰の姿もなかった。シャルルは静かな一本道を歩き、女詩人の元へ向かった。外へ出ているのか分からなかったが、彼女はいつも通り木箱に座っていた。足音が聞こえたらしくすぐシャルルに気が付いて笑顔を浮かべた。

「こんにちは。来てくれたの?」

「うん。ちょっと時間があったものだから」

「ちょうどよかったわ。これ、あなたに読めるかしら」

 女詩人は一枚の紙を渡した。そこには十行ほどの文章が書かれていた。シャルルの知らない文字だった。

「これはどこの言葉なの?」

「遠い国の言葉よ。訳すわね」

 女詩人はシャルルから紙を引き取ると、元々書いてあった文章の下に新たな文を書き足した。



冬の空 あかね色

冷たい風 ちょっとつらい


友達の手 あったかい

笑顔を見ると ほっとする


昨日の後悔と明日の不安

怯えて過ごした闇の向こう


君の優しい言葉が聞こえる

ただそれだけで

勇ましく飛んでいける

そんな気がする



「作品というには短すぎるのだけれど、約束した詩よ」

 女詩人は再び紙をシャルルに渡した。

「ありがとう。切なくてあったかい詩だね。でも、どこの言葉なんだろう」

「内緒よ」

 そう笑う女詩人の前で、シャルルは考え込んだ。

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