第108話 卒業前日

 三月中旬、シャルル達中等学校三学年の生徒は卒業を迎える。振り返ってみればあっという間の三年間だった。

 帽子の男が旅立ってからも、シャルルは今までと変わらず二週間に一度の頻度でポート街へ通った。今はポート街へ顔を出すたびにカムリの家に寄り、挨拶をするようになった。

 卒業式前日の夕方、シャルルは草原の奥にそびえる煉瓦壁の隠し木戸をくぐり、カムリの家に向かった。ソファーに寝転がっていたカムリはシャルルを見るとむくりと起き上がって手を上げた。

「おう、シャルル。よく来たな」

「急に来てごめんね。寝てたの?」

「いいや、寝てはいないが退屈してたところだ。明日、卒業式なんだろ?」

「そうだよ。この制服でここに来るのも今日が最後だ」

「そうか。何だか名残惜しいな。お前がここへ通い始めた頃はポート街を掻き乱す悪童なんじゃないかとひやひやしたが、騒ぎを起こすこともなく大人しく通ってくれて助かったよ。俺も余計な口出しをせず、黙ってお前を見守ってきた甲斐があった。これからも暇があったら顔を出せよ。待ってるからな」

「うん、ありがとう。俺、お姉さんにも会ってくるよ」

「ああ、行ってやりな。喜ぶよ」

「うん。また来るよ。じゃあね」

 シャルルはそう言うとカムリの家を出て女詩人の墓石に向かった。

 帽子の男からは一度カムリ宛てに葉書きが届き、『旅先はわざわざ告げるつもりもないが、こちらは元気でやっている。そちらはみんな元気か。墓石のことはよろしく頼む。』と書かれていたらしかった。あの人らしい手紙だなとシャルルは思った。

 ポート街の最奥では女詩人の墓石が春先の柔かな夕日に包まれて佇んでいた。

 シャルルは墓石の前に立ち、生前と同じように彼女に語り掛けた。

「お姉さん、こんにちは。俺、明日、中等学校を卒業するんだ。この制服でここに来るのも最後だよ。四月からは高等学校の制服を着て来るから、楽しみにしててね」

 夕暮れの風は冷たかった。明るい空には早くも星が灯っている。桃色の美しい空だった。

 ――そういえば、お姉さんの書いた詩にも、桃色の光や星の描写があったな。

 彼女の詩を思い返しながら、シャルルは夕空を眺めた。

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