第22話 憂慮

 若かった頃を思い出したトムじいさんの頬に生き生きした艶が灯った。

「私も昔はそうだった。自分とは違う世界に興味を持ってどこにでも首を突っ込んだ。シャル坊は昔から気骨があって逞しい子だったが、実にいい若者に育ってくれた。背も高くなったな」

「トムじいさんとは最近会わなかったもんね」

「確かに直には会わなかったが、見てはいたぞ。この窓からお前さんの家の門が見えるからな。毎朝のように登校する姿を見ておった。サクシードのこともな」

 サクレット邸は高等住居区の最奥に東向きに建っていて、その一つ手前の区画にコーレル邸が南向きに建っている。建物の向きは違うが隣家同士であり、互いの門先はよく見えるのだった。

 トムじいさんはさり気なく布団の上の膝掛けの皺を直しながら訊ねた。

「サク坊は救いようのない悪童に落ちたと聞いた。本当か?」

 どこでそんな話を聞いてくるのか、顔の広いトムじいさんは人が隠している秘密までなぜかよく知っていることが多かった。誰にも口外していないことまで話題に出されるとどきりとする。サクシードの悪事も知らないところで誰かに見られていたのかもしれない。トムじいさんは人の機微を捉えることも上手い。こうして秘密を引き出すことも容易いのだろう。

「残念ながら本当だよ。俺もどうしたらいいのか分からなくて困ってる」

 トムじいさんは深い溜め息を吐いた。

「嘆かわしいことだ。お前さんの家も色々あったからな。繊細なサク坊には耐えられなかったんだろう」

 トムじいさんの言う色々というのは、主に母の死のことであった。シャルルとサクシードが幼かった頃、病を患い亡くなった。父方の祖父母も母方の祖父母も早くに亡くなったので、血の繋がった身近な大人といえば父くらいだった。その父も多忙で滅多に二人と顔を合わせず、シャルルとサクシードは執事達に育てられた。

 トムじいさんは膝掛けの中で手を温めながら窓の向こうのコーレル邸を見つめた。

「私は今でもサク坊のことを孫のように思っている。どうにか立ち直ってくれればいいが……。あんなに大人しかったサク坊がこんなことになろうとは、母上も天国で心配しておられるだろう」

 品よく刻まれた顔の皺に憂慮の影が落ちた。

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