第67話 提案
サクシードは幼少期以来、久々にトムじいさんの部屋に足を踏み入れた。調度品もその配置も昔のまま変わっていない。懐かしい景色だった。
サクシードはトムじいさんに葉書きを差し出しながら不器用に言葉を紡いだ。
「これ……どうしたらいいか、分からなくて……」
トムじいさんは笑った。
「まぁ、サク坊、そこに掛けなさい。その葉書きは好きにしてくれて構わんよ。いらなかったら捨ててくれてもよい。私は君に会いたかっただけだからね」
サクシードは葉書きを持ったままトムじいさんに言われた通りソファーに座った。
「君がここへ来てくれなかったら私の方からそちらへ行こうと思っていた。君の近況を色々と噂で聞いて、少し心配だったのでね」
サクシードと対座したトムじいさんは体を深々とソファーに沈めて言葉を続けた。
「君には耳の痛い話かもしれないが、決していい噂ばかりではなかった。どちらかといえば悪い話の方が多かった。ただ、どんなに悪い噂を聞いても、私の脳裏には幼かった頃の純真で愛らしいサク坊の姿が過った。あんなに可愛かったサク坊がそんなことをするわけがないと思った。私の思いと実際の出来事に相違があったとしても、どこかで君を信じたい気持ちがあった。サク坊や、私の聞いてきた噂が事実なら、君は取り返しのつかないことを色々としてしまったようだね」
サクシードは葉書きを握ったまま俯いた。他人とこうしてまともに対話をすること自体久し振りのことで、頭も口も上手く動かなかった。トムじいさんは話を続けた。
「私は一人で勝手に考えていたのだけれどね、サク坊は少しこの町を離れた方がいいのではないかと思う。どのみち君も高等学校に入るか入らないかのタイミングで留学を考えなければならないだろう。それが少し早まるだけだ。この町で息苦しく生活をするくらいなら環境を変えてみてもよいと私は思う。どうかね」
突然のことにサクシードは戸惑った。トムじいさんの言う通り、いずれはサクシードも留学を考えなければならない。だがそれは、ずっと遠い将来のことだと思っていた。それを今提案され、意見を訊かれるとは思ってもみなかった。トムじいさんは言った。
「別に今返事をする必要はないよ。ただ、もし君にその気があるのなら、私は全面的に協力する。前向きに考えてくれるなら、私に教えてほしい」
サクシードは俯いたままその言葉を聞いていた。
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