第86話 人生の歌

 熱は下がり体も楽になったが、ろくに食事も摂っていないし頭痛も僅かに残っていたので下手に起き上がれなかった。

「学校、いつから行けるようになるかな」

 世話をしに来てくれたメイドにそう訊ねると、彼女は笑った。

「今日はもう土曜日ですから、今日と明日はゆっくり休んでいただいて、お元気になれば月曜日から通学できますよ」

「俺、四日も連続で休んだってことになるんだよね」

「そうですね。でも、仕方のないことです。熱が高かったですし、なかなか起きてくださらないし、みんな本当に心配したんですよ」

「そうだよね、ごめん。色々と世話を焼いてくれてありがとう」

「どういたしまして。もうしばらくゆっくりお休みください。今日はここへ食事をお運びしますので」

「うん、ありがとう」

 こうした会話も眠りっ放しだったシャルルにはいい刺激になった。

 シャルルは枕に頭を預け、天井を見ながら考え事をした。

 レオとリリハはどうしているだろうか。パルやアイシスやダリアともずいぶん長く顔を合わせていないような気がする。

 ポート街のみんなはどうだろう。女詩人はきちんと弔ってもらえたんだろうか。もう、ポート街へ行っても彼女はいない。薄れていた喪失感が急に蘇ってきた。

 シャルルは寝返りを打って頭上に手を伸ばし、ベッドの棚に置いていた女詩人の詩を取った。

 彼女は本当に天国に行ってしまったのだ。あの出来事は夢でも幻でもなく、実際に起こったことなのだ。

 熱を出す前のことが、一つ一つ手に取るように思い返された。

 シャルルは二つに折り畳んだ紙片を開き、改めて彼女の綴った詩を見つめた。

 彼女の書いた詩は何作かシャルルの手元にあり、机の引き出しに大切に保管されていた。まさかこの詩が最期の作品になるとは思いもしなかった。これからも彼女のもとへ通い、一緒に夕空を眺められると思っていた。人を失うことの喪失感が想像以上に重く胸に迫った。

 シャルルは指で彼女の詩をなぞると、溜め息を吐いてその紙をベッドの棚に戻し、また天井を見つめた。

「お姉さん、俺、歌なんて上手に歌えないよ。でも、お姉さんに届くなら、俺もいつか、人生の歌を歌ってみたいな。……誰かに聴かれるのは、ちょっと嫌だけど」

 シャルルはそう呟いて目を閉じた。

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