東都の黒歴史

「さすがトート様だ……一瞬で意気投合された」


「エルフは気難しいことで有名なのに、さすが龍神様ね」


(クッ、なぜだ! いつもの褒め言葉なのにダメージがっ!)


 エルとコニーに称賛を受けた東都は、なぜかダメージを受けていた。

 いま彼が感じている痛みは、どんな鎧でも防げない類のものだ。

 右手に巻いた包帯を抑え込むように東都は掴む。

 その場でのたうち回りたい衝動をじっと我慢するためだ。


 すると、彼の動作がシグルドの注意を引いた。


「ふむ、魂の痛苦ソウルアゴニーを感じているようだな。君の中を流れる龍の血が、闇の導きによりさらなる力を得ているのだろう……」


「クッ、僕に構うな!」


 東都はわりと本気で言っている。

 だが、シグルドはそんな彼の気持ちを他所よそに続ける。


「運命は手繰たぐる者の手中に舞い込まん。君の闇に打ちてるのは君だけだ」


「フン、光を憎んでなお、捨てることは出来ない……か」


左様さよう


 東都とシグルドは流れるように会話のドッジボールを行った。


 彼らの会話は内容が有るようで無く、受け答えをしているようでしていない。

 東都は知る由もないが、これはエルフにとって模範的な会話だった。


 エルフの会話とは、それっぽい言葉をすれ違わせ、「ふむ」とか「やはりな……」とか、思わせぶりな合言葉で閉めるのが決まりだった。


 東都のそれ・・も、エルフたちに勝るとも劣らない。

 シグルドは東都の「実力」を認め、感嘆すらしていた。


 なぜ彼がこうもエルフたちとスムーズに会話できたのか。

 それは他でもない。彼もまた、黒歴史のつむぎ手だった過去があるからだ。


 ラノベやゲームが大好きだった東都。

 ある日……彼は一冊のノートを作った。


 ――「伝説の書」だ。


 ノートは元々の表紙をマジックで真っ黒に塗りつぶされ、白い修正液でもって、「アンシャント・ストーリー」と書かれていた。(ちなみにAncientの正しい読みはエンシェントだが、電子辞書に読み上げ機能がなかったために彼は素で読み間違えていた。)


 アンシャント・ストーリーは、東都の作り出した主人公「ガウエル」が世界を救う物語だ。


 ガウエルは記憶と感情を失ったソルジャーで、通常の人間では持ち上げることも不可能な大剣を振るい、凶悪なドラゴンをほふる。


 ガウエルは東都の好きなゲームのキャラクターたちと、どっかで見たような設定がツギハギになった世界で協力しあって世界を救う。


 アンシャント・ストーリーは、最初の一冊はモンスターを狩る話だった。

 だが、途中で世界観設定ごと方向転換を繰り返した。なぜかというと、東都がそのとき遊んでいたゲームや、読んでいた漫画にガッツリ影響されたからだ。


 最終的にこの物語は、都市伝説をテーマにした心霊能力バトルになって収集がつかなくなり、なんとなく未完エターとなった。終わることのない物語は、今は彼の机の奥底にひっそりとしまわれている。


 東都がエルフと会話する時の「設定」は他でもない。

 この物語に登場するガウエルのものだ。


 ガウエルは暗黒竜ゼークトを打ち倒した際に右手に呪いを受け、感情と記憶がないのはその所為せいだったという設定があるのだ。


 エルフとの会話で東都がスムーズに中二的発言を繰り出せたのは、彼にこの「アンシャント・ストーリー」を作った経験があったからなのだ!!!


「地にあまねく混沌をもたらし、滅びの先駆けとなるのは闇よりいずる者のみにあらず。海より来たりし鱗ありし者――サハギンについて話したい」


「ほう、我が身に巡る智の数々。その一切を竜の血を引くものに捧げよう」


 エルとシグルドの会話を見ていたエルとコニーは、互いに耳打ちをする。

 が、その感想は当然すぎるものだった。


「ヒソヒソ……あの二人の会話、まるで意味がわからないわ」


「コソコソ……わからなくて当たり前だ。あれは神官のみが使う古代語だろう」


「龍神であるトート様は、古代語にも精通しておられるのね」


 しばらくすると、話を終えた東都が2人のもとに戻ってきた。

 その表情は、どことなく疲れの色が見える。


「ふぅ……どうやら話がついたみたいです。シグルドさんは話を聞くために、塔まで案内してくれるみたいです。それと通訳ができる方をお願いしました」


「おぉ、それは助かりますね」


「私たちにとって、エルフが話す言い回しは難解すぎるものね」


「難解というか、香ばしいというか……」


「「???」」


「ま、まぁ、とにかく行きましょう!」


(まさか、僕の作った黒歴史ノートのキャラが、異世界で役に立つ時が来るなんて……ありがたいけど、何でこんなに心が痛いんだ。クッ!)


 東都たちはシグルドを連れ、丘の上から海を見下ろす塔へと向かった。


 大きな翼の彫刻がくっついた塔のデザインは、どことなくオモチャっぽい。

 しかし、現実にあるだけあって、建物自体はちゃんと作られている。

 デザインのチープさと、現実の重厚感のアンバランスさが妙におかしかった。


 東都はエルフの門衛に頭を下げて門をくぐる。

 すると、塔の内部も外と同じく、装飾過剰だった。


 壁には複雑な文様の描かれた旗で埋め尽くされている。

 一方、床に置いてある家具もゴテゴテとデザインを盛られており、人類の使用を拒むかのような、アンチ人体工学を体現していた。


(うわぁ……。ここまで来ると、いっそ尊敬するな。)


 入り口を進むと、一階には受付があるようだ。

 カウンターには、メガネをかけたエルフの女性が座っていた。

 シグルドはその受付の女性に近づいていく。


「フレイア。暗き黄泉の淵に墜ちた者たちを連れてきた」


「あ、そういうのいいんで、普通に話してくれます?」


「ウグッ!」


「「?!」」


「あと、私はフレイアじゃなくてサトコです。あなたも親からもらった名前をちゃんと名乗りなさいな。ヒロシさん」


「ウギョベロボッ?!」


「ヒ、ヒロシさん?!」


「フレイア、みだりに真名を口にするな!」


「すみませんね。この人たちに付き合うのは大変だったでしょう」


「え、えーっと? まぁ……はい」


 東都はあっけにとられていた。


 シグルドが偽名で、本名がヒロシだったのもそうだが、もっと驚いたのは、この狂気を認識しているものが、エルフの中にいたという事実だった。


 どうやら、エルフの中にも正気を保っているものがいるらしい。


「通訳のサトコです。本日はどう言った要件で?」


 サトコは太陽のような笑顔で、困惑している東都に微笑みかけた。





※作者コメント※

フ…トートが伝説の書を記したことを、誰が咎められようか。

だが、なぜ涙が出るんだ…俺は感情を捨てたはずなのに…!


(でも、伝説の書みたいなことって、この作者がカクヨムでリアルタイムでやってることじゃね…? うん、黙っておこう。)

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