おいでませ砂の国

「おいみんな、砂の国が見えてきたぞ!」

「よし、あともう少しだ……行くぞ者ども!!!」

「応!!!」


 1列に並んだ柱の男たちが、肩にトイレを乗せて砂漠を行進する。

 彼らは歌い、また踊りながら、厳しい日差しが照りつける砂の大地を進んでいく。

 その姿をみた東都は、記憶の片隅に眠っていた何かを思い出した。


(何かアレに似てるな……なんか棺桶を肩に乗せてダンスするやつ)


 柱の男達は、熱砂の中をお祭りの神輿を担ぐようにしてトイレを運んでいる。

 いくら精鋭のマッチョ揃いとはいえ、体力の消耗はかなり激しいだろう。


 しかし彼らは、そんな辛さをおくびにも出さない。

 これも信仰のなせる業なのだろうか。まぁ、信じているのはトイレなのだが。


「トートのダンナ、見えてきたにゃ」


「お、あれが砂の国?」


 砂が作る波間のような丘陵の向こう。ゆらぐ陽炎の中に建物の群れが見えた。

 無数の建物は太陽に照らされて白く輝いている。


「キラキラ輝いてるにゃ? あれが砂漠での目印になるにゃ」


「なるほど、砂漠の灯台ってわけですね?」


「そういうことにゃ」


「言い得て妙ですね。砂漠と海の両方を旅をしてわかりましたが、砂漠と海にはどこか似ている部分があります」


 東都がした灯台の例えにマルコとエルも頷いた。


「ちょっと思ったんですけど、海と砂漠だったらどっちがマシですかね?」


「「うーん……」」


「私だったら海のほうが良いかしらね」


「へぇ、なぜだ?」


「砂漠と違って、海って風が凪いだら船が止まって身動き取れなくなるじゃない。前にも進めず、戻ることも出来ずにただ待つだけ。アリの気分になるわ」


「なるほど……そう言われると、砂漠のほうがまだマシかもしれませんね」


「ウチとしたら海の方がマシかにゃー?」


「ほうほう?」


「海なら飛び込めばすぐ死ねるにゃ」


「思ったのと違った」


「砂漠で死ぬのは時間かかるにゃ。あんな感じに」


「……?」


 マルコはぴっと指を伸ばす。

 その先をみると、青色吐息の柱の男たちがいた。

 いくら信仰が偉大でも、さすがに辛いらしい。


「ぜぇー! ぜぇー……!」


(お、おう……少し気の毒になってきた。)


 痛みを感じるほど強い日差しの中、一行は進み続ける。

 3つの丘を超えたところで、ようやく砂の国の門が見えてきた。

 この門をくぐれば、ようやく砂の国に到着だ。


 門の前には見慣れない甲冑を着た門番がいる。頭にタマネギのような形をしたヘルメットを被り、手には大砲のような火縄銃をもっていた。


(へぇ……当然だけど、ここまでくると服も違うな)


 熱砂のためか兵士の装備は軽装だ。街の人の普段着とほとんど変わらなく見える。

 一部の兵士は甲冑を着込んでいるが、それもなかなか独特だ。

 彼らはリネン(亜麻布)を重ね、皮のベルトで補強した布鎧を着ている。


 これはいわゆるクロスアーマーというものだ。

 こうした鎧は、砂の国のような乾燥地帯のみ安定して使用できる。

 湿潤地帯だと布の鎧は雨に濡れると重くなり、兵士の体力を奪う。

 また、布は洗濯によっても劣化する。亜麻布は非常に硬い生地だが、1年もすれば劣化が進み、だいぶ柔らかくなる。数年、十数年使える鉄の鎧とは対照的だ。


 鎧の下にきるギャンベゾン、ジャックといったものはベンデル帝国にもある。

 しかし、このように装甲としての布鎧を見ることは珍しかった。


 エルとコニーは珍奇なものを見るように兵士に視線を送る。

 すると彼らはあからさまに嫌そうな顔をした。


「いや失礼……ベンデル帝国の兵士に比べると、かなり軽そうな鎧ですね」


「ふん、イヤミか?」


「とんでもない、純粋に驚いているんです。実に良い細工だ」


 エルがお世辞を言うと、兵士はまんざらでもない様子だ。


「西から来る奴らにもたまには目利きがいるな。うちの叔父が仕立て屋でね」


「ほう……叔父上は良い腕前ですね。曲面でもステッチに狂いがない。隠し縫いでごまかすことも出来るのに」


「ほう、アンタ、そこに気付くとはだね……」


 東都は最初はどうなるかと気をもんだが、エルの話術でどうにかなりそうだ。

 入国審査の雰囲気はだいぶ柔らかいものとなっていた。


「それで西からの人、入国の目的は何だ?」


「えーっと……観光、いえ、仕事でしょうか」


「そのどちらでもなぁぁぁい!!! 御柱様の教えを広めるためだぁッ!!!」


「「????!!!!!」」


「なんだこの変態?!」


 門番の反応は至極真っ当なものだった。

 上半身裸で黒ターバンだけの筋肉ムキムキの男が白い柱を担いで踊っているのだ。

 その場で射殺しないだけ冷静と言えた。


「お、終わった……」


「トート様、まだ諦めないでください。きっとまだ何か手段が――」


「えぇいめんどくさい!!! とりあえず全員牢屋にぶち込んどけ!!!!」


「「ですよねー」」


 入場即入獄。


 手枷てかせをはめられながら、以前にもこんなことなかったっけ?

 ふと、そんなことを思う東都だった。





※作者コメント※

余談ですが、かつて古代日本、律令時代においても布の鎧は使われていました。

これは綿襖甲とよばれるものですが、鉄の鎧に比べて何倍もの生産能力をもっていたのにもかかわらず、いつの間にか姿を消してしまいました。

その理由は、今になっても判然としていません。


(何この本編との温度差

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