白き導き(2)

「白き導き?」「ざわ…ざわ…」

「御柱様を連れて旅立つ……?」

「どういうことだ?」


「お、御柱様……旅立ちとはいったい?!」


『この地を旅立ち、私を約束の地に安置するのです』


「約束の地……? それは一体どこなのです?!」


『汝らの故郷……砂の国です』


「御柱様を砂の国にですと?」


「私の体から生まれる聖水を砂の国の家族に届けるのです。さすればより多くの人々の助けとなるでしょう。それが私の望みです」


「ムゥン……」


「ど、どうしますか、覚者」


「いくら御柱様の望みとはいえ……それはなりませぬぞ!」


 ハシムはトイレの前に膝をつくと、懇願するように叫びだした。

 その様子は必死に母親にすがりつく幼い子どものようだ。


「強欲で蒙昧な砂の国の民が御柱様に何をするか。砂に水をまくより明らかです!」


「そうだ! スルタンは御柱様を独り占めしようとするに違いない!」

「俺達の御柱様だぞ……いやらしい」


 ハシムの訴えに信徒たちも同意する。

 信徒たちの言うスルタンというのは、砂の国の支配者だろうか。

 どうやら砂の国にも、何かの問題があるようだ。


「マルコさん。スルタンっていうのは?」


「あぁ、砂の国の王様のことだにゃ。砂の国のスルタンは、取れるモノなら病気以外何でも持ってくあこぎなヤロウにゃ」


「ふむふむ、そう来たか……。ハシムはトイレに心酔している。だから他の人間に取られたくない。だからこうして秘密結社みたいなことをしてるんですかね」


「そんな感じだと思うにゃ」


「うーん、だから砂の国にトイレを持っていくのを嫌がるのか。どうしよう……」


 砂の国。スルタン。ハシム。トイレ。

 東都の頭の中に雑多な言葉が現れては、飛び交い、ぶつかり合う。


 どうやったら彼らを納得させられるのだろう。

 思案する東都は、スキル画面でチラつく光点をぼうっと眺めている。


(ハシムたちはスルタンにトイレが奪われると思っている。おそらくそれは正しいだろう。砂漠で無限に水が手に入るなら、誰でも欲しがるに違いない)


 トイレから出てくる水は貴重品だ。

 それに付随しているいくつもの機能も、この世界では得難いものだ。

 奪おうとしないほうがおかしい。


(いや、普通に考えちゃダメだ。彼らは宗教者だ。だからこれは……神の試練だ!)


『ハシムよ……これは試練と思いなさい』


「ムゥン!? 試練ですと?」


『そうです。困難な旅であるのは間違いありません。しかし、だからこそ信仰を疑ってはなりません。強欲な砂の国の人々やスルタンに白き導きを与えるのです』


「ム、ムゥン……ハッ!」


「どうされました覚者?!」


「わ、わたしはなんということを……御柱様の真意に今まで気付けなかったとは」


「ど、どういうことです?」


「ムゥン。私から説明してやろう。御柱様は我々だけでなく、砂の国にも救いを与えようとしておられるのだ。それこそあの強欲なスルタンにまでな」


「わ、わかりませぬ」


「弟子たちよ。我々は……試されていたのだよ。わからぬか?」


「……?」


「渇きに苦しみ、死の淵にあった我らの前に現れた御柱様は、その身から僅かな水を出されていた。そのとき我らは皆で助け合い、水を分け合ったな?」


「そういえば……ハッ!!」


「ムゥン。ようやく気づいたか。あれが第一の試練だったのだ。我々が助けに値する存在なのか、御柱様はそれを試されていたのだよ」


「なんという神算鬼謀なんだ……」


(なんだ、最初のうちはちゃんと水を分け合って助け合ってたのか。変態に見えて、根っこの部分は普通に善人なんだなぁ……で、それがどうしてこうなった???)


『その通りです。あなた達の信仰が試される時が来たのです』


「そうか、我々の信仰がついに……砂の国を救う時が来たのか……ッ!」


「覚者!!」


「うむ、みなまで言うな。我らは白き導きに従い砂の国を目指す。そして――」


 ハシムは立ち上がり、体を天に向かって伸ばし「I」の字になる。

 そして力強くこう宣言した。


「御柱様の威光を知らしめるのだ!!!」


「ウォオオオオオオオオオオオオ!!!!」


『――汝らに祝福と繁栄を。』


「すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を」

「風――なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに」

「あぁ、中途半端はやめよう、とにかく最後までやってやろうぜ!」


 トイレを信仰する彼らは、どこかバラバラでまとまりがなかった。

 しかし、東都から目的を与えられた今は違う。

 こう……謎の一体感で輝いていた。


「ふー。なんとかなりましたね」


「オタク、よくあんなにペラペラと話を思いつくにゃー?」


「慣れですよ、慣れ。」


「アンタ詐欺師になったほうがいいにゃ。そこらの商人も顔負けだにゃー」


「はは、考えておきます。さてと、エルさんたちと合流しないと」


「なんだ、ツレがいたにゃ?」


「えぇ、実はそうなんですよ。まだ近くにいるといいんだけど……」


「ふーん、うちのモンに探させてみるかにゃ?」


「お願いします。それと……なんだろう。何か忘れてるような気がするんですよね」


「忘れ物かにゃ?」


「いや、モノじゃなくて何ていうんだろ……ま、いっか」



★★★


 一方その頃。


 真っ白な空間でソファーに寝っ転がった女神は、ポテチ(ヘブンバター味)を食い散らかしながらGetflixで最新の韓流歴史ドラマをたしなんでいた。


「あーマジ至宝、この甘じょっぱさ祝福モンだわ。開発者に1万女神ポイントあげちゃう。っと、もうお昼か……ん?」


 異世界から商品ウー●ーイーツを注文しようと、女神は大理石のタブレットを手に取る。

 すると、石版に浮かび上がっている女神ポイントに若干の違和感があった。


「あれー? なんか女神ポイント減ってない……?」


 記憶にある女神ポイントと今の表示に若干の「ズレ」がある。

 妙だ。これはどうしたことか。


 女神は視線を空中に泳がせる。

 自分の最近の行いを振り返っているのだろうか。


 さて、女神ポイントとは、女神への信仰を数値化したエネルギー資源だ。

 転生者のスキルの根源でもあるが、それは女神ポイントの一面でしかない。


 本当の使い道は「これ」が正しいのだ。


 この白い空間にあるソファーも、ポテチも、ホームシアターも、すべてこの女神ポイントによって東都の世界を含む異世界から取り寄せられたものなのだ。


「ま、気のせいか。今月使いすぎたしなー」


 きっと女神ポイントを使い込みすぎたせいだろう。

 記憶はないが、心当たりはある。

 こうして女神は、ほんのわずかな違和感を見過ごしてしまった。


★★★




※作者コメント※

悲報、女神の信仰がトイレ教に奪われる

女神株💹▲-1000

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