白き導き(1)

※作者コメント※

前前回にさかのぼって、若干セリフと展開修正してます。

ーーーーーー


「こちらです、覚者!」


「ムゥン。御柱様が衆中に語りかけたとは……まことか?」


「ハッ!! 間違いなく聞きました。それに今もこのように――」


「これは……歌か?」


 慌てた様子の信徒に連れられて、森の奥からハシムがやってきた。

 彼は信徒のいうことを信じていない様子だったが、トイレから流れている荘厳かつ優しげなメロディーを耳にしてその様子が一変する。


「こ、これは一体……何が起きているのだ?!」


「わかりませぬ、我らに語りかけた後、このように音楽が流れ出したのです」


「ムゥン……足下そっかの言っている意味はまるでわからぬが……音楽自体は素晴らしいな。例えるならそう……天上の天使が雲でつくった糸を弾き、蜂蜜でうるおした喉で歌っているような――」


「ハッ、まさに癒やしの音色といった風情であります!」


「ムゥン。ネコ人どもの下品な演奏とはまるで違うな」


「ったく、コキ使っておいて失礼しちゃうにゃ―」


「しっ、静かにしてないとバレちゃいますよ、マルコさん。」


「わかってるにゃー」


「さてと、難しいのはここからです……どう丸め込むかな」


 ここからが問題だった。

 東都はハシムの考えを上手く誘導しなくてはいけない。


(トイレ信仰を捨てることは無理でもいい。でも、信仰を盾に周りに迷惑をかけるのだけはやめてもらいたいんだよね……)


 ハシムは御柱様に心酔している。

 だからこそ素直に言うことを聞くわけだが、その逆もしかりだ。


 もしニセモノの御柱様だとバレたら?

 全ては台無しになるだろう。

 それどころか命の危険すらあるかもしれない。


(ハシムたちが御柱教を作って、これまで何をしてきたのか? 僕は何も知らない。それで御柱様として語りかけるのは、地雷原の中を目隠しで歩き回るのと同じだ)


 ハシムたちがこれまで何をしてきたのか、東都は何も知らない。御柱様であれば知っているはずのことを知らないのは、彼らの神を演じるのに致命的なハンデとなる。


「ふぅー……それじゃサポートを頼みます、マルコさん。」


「ん、任せろにゃ」


 ここでカギになるのがマルコだ。

 彼はハシムと御柱教のことをよく知っている。

 御柱を演じるのに大きな助けとなるだろう。


(マルコさんの助けがあれば、バレることはないはずだ。たぶん……)


「よし、始めましょう!」


 東都はスキル画面を開いて保留状態を止める。

 するとトイレから流れる音楽がピタリと止まり、その場がしんとなった。


「音楽が……とまったぞ!」

「わ、我々が何かマズイことをしたのでは……」


「うろたえるなバカモノ!! 御柱の前ぞ!!!」


 一般の信徒たちはパニックになったが、さすがにハシムは平静を保っていた。

 東都は相手の手強さを再度確認した。


(変態だけどリーダー格なだけはあるな。そうだな、ここはまず……)


『ようやく現れましたか。私を待たせるとは偉くなったものですね』


「ッ?!」


(まずはジャブからだ。衝撃を与えて相手の様子をうかがうんだ)


 東都はハシムに向かって高圧的な態度で語りかけた。

 意外にもみえるが、これはゆさぶりだ。

 ショックを与えることで冷静な判断力を奪うのが目的だった。


「覚者、御柱様がお怒りですッ!!」


「ムゥン。しかしだな、先ほど祭壇で……」


 ハシムから動揺の色が見える。

 しかしその反応の細部に東都は首をかしげた。


「……うん? 祭壇で?」


「ハシムのダンナは、森の奥に作ってる御柱様の祭壇でよくトリップしてるにゃ。たぶんそこで御柱様に会ってたと思ってるんじゃないかにゃ?」


「なるほど? んー……じゃあこうするか」


『ハシムよ……あなたが見ている「それ」は、私ではありません。』


「な、なんですとッ?! ど、どういうことですか、我が母よ!!」


『それはあなたの心の弱さが生み出した虚像です。私はいつもここであなたを見守っていました。それだというのに、貴方というものは……』


「あぁぁぁぁぁ、我が母、どうかお許しを!!!」


 東都はハシムの信仰を逆手に取り、責めたて続けた。

「自分はここに居るのに、なぜ自身の妄想にすがったのか」と。

 するとハシムの顔は真っ青になってしまった。


「すみませぬ、すみませぬぅぅッ!!!」


 地面に伏せると、何度も頭を地面に打ち付け始める。

 その様子をみたマルコは、必死で笑いを抑えていた。


「いやぁ、これは傑作だにゃ」


「ちょっと効きすぎたかな……? すこし気の毒になってきた」


「お前たちも頭を下げぬかッ!!」


「え、あっはい!!!」


 ハシムが怒鳴ると、ぼーっとトイレを囲んでいた信徒たちも土下座した。

 東都の言葉はかなり効いているようだ。


「で、こっからどうするにゃ?」


「うーん……ふと思ったんですけど、あの人たちとマルコさんって砂の国から来たんですよね?」


「そうだにゃ」


「で、旅をしてたら大自然の脅威にボコボコにされたと」


「なんかビミョーに引っかかる言い方だけど、その通りだにゃ」


(冷静に考えると、この森で砂の国から来た人と出会えたのは幸運だったのでは? いくらトイレがあるといっても、危険な旅なのは間違いない……よね)


 トイレがあるから大丈夫というのも妙な話だが、実際そう思い込んでいた。

 砂の国に一度も行ったことが無いのに、なぜか余裕だと思っていた。


 エルとコニーも同じくそう思っていたのか、東都を止めようとはしなかった。

 だが、それも無理はない。

 なぜなら東都は「砂漠を一人で越えた」と言い張っていた。


 東都一人で越えられたなら、3人で越えられないはずがない。

 思い込みがいくつも重なり、誰も砂の国への無謀な旅を止めなかった。

 実際に旅をしていたら……どうなっていたのだろう。


 東都の背中を冷や汗がつたった。

 

(あ、もしかしなくても、だいぶヤバかった?)


 自分たちは何事もなく砂の国にいける。

 さも当然のように考えていたが、実はとんでもない思い違いをしていたのでは?

 東都はいまさらそれに気がついたのだ。


「どうしたにゃ?」


「あ、いや……実は僕、砂の国にいくのが旅の目的だったんですよね。それで思ったんですけど……マルコさん、砂の国に帰りたくないですか?」


「それ、今言うことじゃにゃいと思うにゃ……」


「ですよね」


「けどまぁ、帰れるならそれに越したことはにゃいにゃー」


「あれ、思ったよりあっさり」


「このまま森の中でクサるよりはマシにゃ。それに、このままベンデル帝国に行っても、傭兵の仕事のアテもないしにゃー」


「なるほど……ハシムさんたちは、キャラバンを途中でやめちゃってますもんね」


「にゃにゃ」


「それなら、やりますか!」


 東都はスキル欄に向かいなおり、こう続けた。


『我はそなたたちに白き導きを与えます』


「白き導き……?」

「御柱様はいったい何を……ッ?!」


「ええい静まれッ! 御柱様の御前ぞ!!」


 色めき立つ信徒たちをハシムが抑える。

 東都は一拍おき、静寂の中、威厳をもって語りかけた。


『……我を連れ、この地より旅立つのです!!』





※作者コメント※

ちなみにこういうのエクソダス(出エジプト。転じて宗教的な情熱に駆られた大移動のこと)って言うんですが、このトイレ転生だと全く別の意味に聞こえてしまう…

えくそだす えくそだす…おっと、これ以上いけない。

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