ドワーフの企み

 街の小高い丘の上を目指して東都たちは坂を登っていた。

 フンバルドルフの旧市街は丘の上にある。

 

 これはフンバルドルフの由来に理由がある。


 というのも、古代ベンデル帝国は戦略的要衝であったゲリベ川の流域にいくつもの要塞を築いていた。フンバルドルフもそうした要塞のひとつだったのだ。


 丘の上の旧市街を囲む壁は、古代ベンデル帝国の要塞が元になっている。古代帝国の崩壊とともに、壁の外に安全を求める人々が集まり、ゆっくりと時間をかけて壁の外、丘の下に街が広がっていったのだ。


「トート殿、この門を超えると旧市街だ」


 伯爵は旧市街と新市街を区切る市門を指さした。

 彼の太い指に指された門は、レンガの角が取れていて表面が風化している。

 港にあった門に比べると、みるからに古めかしい。


 しかし門をくぐってみると、印象が変わる。

 古い町並みではあったが、道にゴミや汚物の姿がない。

 よく掃除されていて、とても清潔だった。


「わ、こっちはかなりキレイですね」


「ウム。旧市街の中は帝国の貴族や役人、聖職者たちが住んでおる。夜人といえども掘り起こしたモノをそこらにぶちまけるということはせん。首が飛ぶからな」


「そ、そうなんですね」


(首が飛ぶって、文字通りの意味だろうなぁ……)


「ともかく屋敷に入ろう。これからのことを相談する必要もあるからな」


「はい!」



★★★



 ――一方その頃。


 港にある伯爵の倉庫では、積み上がったトイレを前にドワーフたちが腕を組んでうんうんとうなっていた。


「こいつはいったいなんだHO!?」


「全く正体がわからんZE!」


 トイレを取り囲むドワーフ達は独特の語尾で叫ぶ。倉庫の中でバイブスをあげている彼らの興味は、東都が出したトイレにあるようだ。


「フリント、おめぇは素材に詳しかったろ、これが何かわかるかHO?」


「うんにゃ。こんな柔らかい素材で傷ひとつ無いなんて、意味わからんYO!!」


「獣人の弓矢を弾くなら、良く叩いた鋼が必要だZE!?」


「うーむ。これ、なめしてない皮みたいな感じだYO!」


「ハードレザーよりも硬そうHO?」


 トイレの表面は、プラスチックに良く似た素材でできていた。

 白く光沢のある素材は、フリントが触ってみると、わずかにへこむほどやわらかい。とても獣人の矢を耐えられそうには見えなかった。


 獣人が使う丸木弓はとても大きく、人間にはとても引くことができない。

 丸太のような弓から放たれる矢は、騎士の甲冑をたやすく貫く威力がある。


 矢を受けたクサイアス号は刺さった矢で穴だらけになっていた。

 だが、目の前のトイレには傷ひとつ無い。


 この素材がそんな防御力を持つとは思えない。

 どう考えても異常だった。


「内張りに金属の板があるが、さすがにこいつはわかるHO~?」


「うんにゃ。鉄に見えるけど、硬さも粘りも全然別物だYO!」


「色と光沢は少し銀に似てるZE!」


「まさか……ミスリルHO~?」


「そんなワケないYO。どこのバカがトイレに伝説の素材を使うんだYO!」


「「だよなぁ」」


「トイレもそうだが、これもすごいZE!」


「紙か……これも頭おかしいYO!」


 ドワーフの真剣な眼差しが、床にあった白い円柱と紙切れに注がれる。


 彼らが倉庫の床に広げていたのは、フリントが東都から受け取ったポケットティッシュと、トイレに備え付けられていたトイレットペーパーだ。


 東都からしてみれば、これらは何の変哲へんてつもないただの紙だ。

 だがドワーフ達は、目の前の紙に対して熱い視線を向けていた。


「これ……本当に紙なのかZE?」


「薄っぺらくて、柔らかくて……何したらこんなのが作れるHO?」


「このグルグルに巻かれてる紙、ペラッペラで髪の毛みたいな薄さだYO!」


「こっちは分厚いけど、羊毛みたいにフカフカだZE?」


「皇帝陛下でもこんな紙は使ってないHO~」


「陛下ともなると、羊毛や麻くずで拭くYO。でもそれを使ったって、水っぽいモノがみたりバラバラになって手が汚れるもんだYO!」


「陛下もそれを嫌って、専用の『尻拭きの騎士』を用意するくらいだZE!」


「前世でどんな悪事を働けば、尻拭きの騎士になるHO?」


「ちょっと可哀想かわいそうだZE!」


「――紙は硬すぎる。羊毛はモノがれる。でも……こいつはそうじゃなかった。柔らかく、それでいてしっかりしていて頑丈だったYO!」


「使ったフリントがいうなら確かだZE!」


「……金の臭いがするHO~」


「違いないZE!」


「あの黒髪の、のほほんとした魔術師……いったい何者なんだYO!」


「伯爵と騎士サンは、東の国から来たって言ってたHO!」


「東の国……ならこの紙が作れるのもわからんでもないZE。ベンデルで作ってる紙の作り方は、東の国から伝わってきたのが元だZE!」


「なんとかして製法をぬす……教えてもらうんだYO!」


「でもどうするんだZE?」


「魔術師は伯爵のお屋敷に連れてかれたみたいだZE?」


「「うーむ……」」


 そのとき、今にも地面にいつくばりそうな、ほうほうの体でエルが倉庫の中に入ってきた。


 コニーは屋敷まで2つのトイレを運ぶよう、ドワーフに指示した。

 エルはその作業を見守るために倉庫にやってきたのだ。


「ふぅ、ようやく腹の具合が収まった……ドワーフたち、このトイレを――」


「旦那ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


<ドカンッ!!!>


「ぐおおおおっ?!!!!」


 弾丸のように走り込んできたドワーフが彼の腹に突き刺さった。

 子供のぐらいの身長とはいえ、ドワーフの体重は成人男性と変わらない。

 凄まじい衝撃が腹におそいかかり、エルはたまらず床の上でもんどり打った。


「旦那! もちろん運ぶ、運ぶが、ワシらも魔術師殿に面通しするんだYO!!」

「そうだそうだ! 聞きたいことが山ほどあるZE!」

「頼むHO~!!」


「わ、わかったから……うぉぉ、ぶり返してきた……」


 ドワーフの暴力に屈したエルは、彼らの要求を断れなかった。


 トイレを運ぶついでに、彼らを東都に会わせることを約束してしまう。


 喜んだ彼らは、トイレを神輿のように肩で担ぎ上げる。そしてトイレの上にエルを横たわらせると、フンバルドルフの町中を歌い踊りながら進んでいった。





※作者コメント※

エル…なんだか被害担当になりつつあるw

強く生きて


あとしれっと流されてるけど、転生の概念あるんやな…

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