逆に才能がある

「エルさん、なんですかアレ?」


「私に聞かれましても……なんなんでしょうかね」


「本人たちに聞いてみれば良いんじゃない?」


「あっ、コニー!」


 エルが止めるのも聞かず、コニーは奇妙な格好をした兵士に近寄っていく。

 兵士たちは持ち場を動かないまま、彼女をじっとにらみつけた。


「貴方たち、なんでそんな格好してるの?」


「……」


「うーん、だんまりかぁ……」


 直接聞いてはみたものの、兵士たちは何も答えない。

 しかし、全く反応がなかったわけではない。


 何人かの兵士は左右を見回し、何かを気にしている。


「答えたくても、答えられないってことです?」


 トートが何気なくそう言うと、兵士たちはすばやく頷いて元の姿勢に戻った。

 どうやら彼らは、望んで珍妙な格好をしているわけではないらしい。

 

「この人たち、誰かにやらされているのかな?」


「そのようですね」


「でも誰が……あっ」


 コニーは何かに気づいたようだ。

 東都の方を向いていた彼女は、振り返って兵士たちに向き直る。


「私たちはウォーシュ伯爵の寄子よりこよ。それでも言えない?」


 彼女の言葉を聞いた兵士たちは、明らかに動揺の色を見せる。

 すると、ひとりの兵士が恐る恐るといった風に口を開いた。


「伯爵閣下の身内の方なら、密告されることはないわん?」


「どうしてこうなってるのか、教えてやるにゃー」


「これは陛下の指示なのですぴょん」


「格好だけでなく、語尾までそれなのか……」


「エル、黙ってて。まだ話の途中でしょ」


「コニーさん、気にしないほうが無理だと思いますよ」


「フンバルドルフに帰還なされた陛下が、親政をとられたんだぴょん」


「陛下は皇后のゲリーナ様のアイデアをどんどん取り入れたぴょん。この格好もそのひとつぴょん」


「兵士たちはカワイイ格好をするようにと……それでこうなってるんだわん」


「キャラ付けまで?」


「いえ、耳にあわせると、それっぽいかなと思いましてぴょん」


「そこは頑張っちゃったんだ」


「意外とノリノリじゃないですか」


「でも困ったわね……これじゃ兵士の仕事どころじゃないでしょう」


「ぬいぐるみで暖かいのはいいけど、これから夏だし憂鬱ゆううつだぴょん」


「街の子供は喜ぶから、複雑だわん」


「意外と順応してるのが怖い」


「しかしまぁ、これの発案者はゲリーナ様ですか……」


「エルさん、そのひとのこと、知ってるんですか?」


「はい、ゲリーナ様はモレル陛下の后です、彼女の機嫌をとるためなら、陛下はなんでもするという噂でした。しかしここまでとは……」


(あー……典型的なバカ殿だったんだ)


「よく反乱とか革命が起きませんでしたね」


「反乱が起きないのは帝国議会のおかげですね。非常時を除いて、帝国議会の承認を得ないと兵士は動かせません。たとえ皇帝であっても……」


「へー……あれ? じゃあこれ・・は何で?」


「そこがわからないんですよね。今は平時ですし……」


(よくわかんないな。皇帝でも何でもできないなら、帝国ってなんなんだろう?)


★★★

 わりと真面目に説明しよう!!!


 ベンデル帝国は「帝国」を名乗っている。

 しかしその実態は、諸侯が集まって「帝国のようなもの」を形成しているに過ぎない。皇帝と帝国議会の関係は、まさにその「帝国ようなもの」の象徴であった。


 というのも、皇帝の権力はあまり強くない。

 ベンデル帝国を構成する諸侯は、高度な自治権と経済力を持っている。

 皇帝であっても、おいそれと手出しができないのだ。


 では、ベンデル帝国はなぜ帝国を名乗っているのだろう。

 それは、現実の歴史にかつて存在した、神聖ローマ帝国と同じ理由だった。


 ベンデル帝国の説明の前に、まず神聖ローマ帝国について説明しよう。


 神聖ローマ帝国とは、962年、ローマ教皇からローマ帝国皇帝の戴冠を受けたオット―1世の即位からから始まる、「ドイツ王」を中心とした複合国家だ。


 この神聖ローマ帝国を語る言葉として、ある一節が有名だ。

「神聖でもなければ、ローマでもなく、帝国でもない何か」

 これは18世紀、フランスの啓蒙思想家ヴォルテールが語った言葉だ。


 神聖ローマ帝国は、1806年にナポレオンの手によって解体された。

 帝国が存在した期間は、844年の長きに渡る。


 神聖ローマ帝国が何でもない「何か」というのが本当なら、なぜ「何か」が、そこまで長い期間にわたって存在し得たのだろう。


 さて、その時代に存在したものは、その時代の価値観で理解するべきだ。


 帝国と聞いて、我々がイメージするのはなんだろう。

 広大な領土と強大な軍事力を持ち、周辺国を抑圧して統治する。

 そんなイメージだろうか。


 しかしこれは「帝国主義」のイメージだ。


 中世における帝国とは、今の我々がイメージする近代の帝国主義とは違う。

 民が暮らす村、町を国家として、永遠の秩序と結びつける。

 それが帝国の「帝国らしさ」だった。


 つまり、神聖ローマ帝国を帝国たらしめたのは、帝国っぽいことだったのだ!!!


 ……どうか作者に石を投げないでほしい。

 これはマジなのだ。


 そもそも、成立初期の国家は、「国っぽい」で表されるような存在だ。

 明瞭な領域もないし、客観的な指標もない。


 では、当時において、何が「帝国っぽさ」だったのか?

 ことキリスト教国家においては、「救済」がテーマになる。


 中世において国とは、地上で神の恩寵おんちょうを再現するものだった。

 そして国の統治者、つまり皇帝とは、神の恩寵を地上にあたえる存在だった。


 神の恩寵とは何か? 具体的に言うと、皇帝はその手で触れた病人を癒やし、祈りによって畑を豊作にし、初子に名前と祝福を与え、蛮族に奪われた土地を本来の持ち主に取り戻し、裁判では間違いを正して正義を実行する。


 皇帝は(実際は違うが)人々の守り神、スーパーマンであり、帝国らしさとは、スーパーマンが統治していて、その領域内では神の恩寵を得られるということだった。


 そして、この点はベンデル帝国も全く同じだった。


 ベンデル帝国は女神の力を持った転生者によって、神の恩寵を地上にあたえる。


 国の統治者である皇帝は、この女神と転生者のシステムを維持する。

 転生者に都合の良い形に国を整えて、その力から生まれる恵みを人々に与える。

 それがベンデル帝国らしさであり、皇帝の役目だったのだ。


 ゆえに、それ意外のことはどうでもいい(?)のだ!!

★★★


「そういえば、エッヘンさんはどうしたんです? あの人は皇帝にフンバルドルフを任せられていたんですよね?」


「宮中伯も反乱の罪で捕まったぴょん」


「えぇっ!?」


「ウォーシュ閣下だけでなく、エッヘン伯まで捕まったのですか?」


「そうだわん。陛下の投獄を止めようとして、反乱罪で……」


「そうか、反乱罪か!」


「どういうことです?」


「帝国議会に対して皇帝が唯一使える切り札があるのです。それが反乱罪です」


「反乱罪が?」


「えぇ、皇帝が反乱罪である人物を告発すると、議会の承認を待たずに投獄することができます」


「それって罪のない人だったら不味いんじゃ?」


「いえ、告発された後は、告発の内容が本当なのか帝国議会で審議が始まります。皇帝ができるのは告発まで。処刑することはできないのです」


「あ、よかった……いきなり処刑まではできないんですね」


「すみません、説明不足でしたね」


「私たちが急いで帝国に戻ったのは、ウォーシュ閣下のしたことが罪に問われてもおかしくない、かなりグレーな事だったからよね」


「あーなるほど……ん、それならおかしくないです?」


「「?」」


「皇帝ができるのは告発まで。なら、エッヘンさんは議会の審議とやらで釈放されててもおかしくないじゃないですか」


「あっ、たしかにそうですね」


「陛下は議会の全員を反乱罪で牢屋にぶち込んで機能不全にしたぴょん」


「どんどんブチこまれたにゃー」


「みんな牢屋に入ってるから、審議もクソもないわん」


「あー……その手があったかぁ……」


「いや、あっちゃダメでしょ!!!」


(完全にゲームのバグを利用されてるみたいになってるじゃん!!)


「バカが一周まわって天才になってるわね」


「いまや古塔は貴族のコレクションケースになってるにゃー」


「なんじゃそら?!」


「困ったのは、議会の人たちは街の仕事もしてたぴょん」


「港長も大商人も、みんな牢屋にいれられたにゃー」


「それで街も機能を失ってしまったんだわん」


「えぇ……」(困惑)


「陛下に政治の才能は無いとおもっていたけど、想像以上みたいね」


「数日でここまでなるって、逆に才能だとおもいますよ」




※作者コメント※

この作者、まーたギャグパートで唐突に正気に戻ったよ…

忘れた頃に出てくる本格要素。温度差で読者の脳が風邪ひくで!

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