姿ヲ変エタ街

「……あれからたった1日でついてしまうとは……トート様の力は恐ろしいな」


 東都たちが乗る船は、海の上を滑るように空を駆けた。

 おかげで、日をまたぐ前にフンバルドルフに到着できた。


「し、死ぬかと思った……」


 甲板にエルフの船員たちが横たわってダウンしている。

 数時間とはいえ、爆走する船をコントロールするのは大変な労苦だったのだろう。


 今はトイレの力は使っていない。

 帝国の海の玄関というべき鉤爪湾にはいってからは、普通に帆を張った。

 船の速度が速すぎると、衝突の危険が高まるからだ。


 船は湾内からゲリべ川に入り、穏やかな流れをさかのぼっていく。

 このまま進めば、ほどなくフンバルドルフに着くはずだ。


「エルさん、伯爵が捕まるとしたらどこにいるでしょう?」


「そうですね……帝国のならわしだと、貴族は牢に入ることはありません。だいたいの場合、自分の屋敷から出ないように言いつけられますね。ただ――」


「反逆罪となると、話は変わるわね」


「コニーの言うとおりです。謀反の罪はとても重くあつかわれ、貴族であっても牢に入ることになります」


「じゃあ、ウォーシュ伯爵は牢屋に閉じ込められてるんですか?」


「おそらくは。」


「伯爵がどこの牢屋に入れられたか、わかりますか」


「エル、あなたこういうの詳しいでしょ?」


「うーん……古来より、反逆罪に問われた者は、フンバルドルフの外れにある古塔に幽閉されていたはず」


「古塔?」


「ええ。古代ベンデル帝国の旧市街よりも、さらに古い時代の塔です。遺跡と言ってもいいかもしれませんね」


「ふーん……」


 東都はエルたちと相談を続ける。

 すると突然、マストに登っていた見張りが声を上げた。


「フンバルドルフが見えてきたぞー!!!」


 ようやく帝国についたらしい。

 マストの声を聞いた一等航海士が、船尾楼から甲板員に指示を出す。


「掌帆長、帆を4分の1にたため! 甲板員はオールを出して備えろ!」


 指示がでると、横たわっていた水兵がキビキビを動き出した。

 ぐったりと、死んだようにみえていたが、ただ休んでいただけのようだ。


(わ、新鮮な電池を入れられたみたいに動くなぁ……)


 東都は船首近くの手すりに近寄って、首を傾けて船の前方を見る。

 ここは異世界のはず。

 だが、このあたりの景色をみると、どこか懐かしい感覚が戻ってきた。


「短いようで、長い旅だったなぁ……」


「1ヶ月もなかったですが、数ヶ月かかった気がしますね」


「いろいろあったものね」


 フリゲート艦はオールで漕ぎ出した。

 向きと速度を微調整しながら進むためだ。


 そのまま艦が港に入る様子を東都たちは見守った。


「あれ? 何か街の様子がおかしいくないです?」


「どこか様子が妙ですね。これはいったい……」


 船上にいる東都とエルは、すぐに港の違和感に気づいた。


 以前、東都がクサイアス号で訪れたとき、港には大変な活気があった。

 船大工が振るうハンマーの音が響き、商人と船乗りの怒号が行き交っていた。


 だが、今の港の様子はその時とまるで違い。


 大小の商船が桟橋に身を寄せ合っていたが、いまは影も形もない。

 数艘すうそうのボートが、波にさらわれたように浮いているだけだ。

 ハンマーの音は消え、商人や船乗りたちの姿もない。


 いったいみんなどこに行ってしまったのか。

 港に残っているのは、水面に浮く汚穢おわいと、魚の腐った臭いだけだった。


 港で動くものは、わずかな漁師とネコだけだ。

 年老いた漁師が桟橋の端に腰を下ろし、ほつれた漁網ぎょもうにハサミを入れている。痩せたネコはそんな老人の後ろを、魚の骨クズをくわえて走っていった。


「ここは……本当にフンバルドルフなのか?」


「帝国の港はずいぶん寂れてるな。まるで廃墟はいきょじゃないか」


 あまりにも寂しげな港の様子に、艦長も異変を感じたのだろう。

 東都たちに近寄ってきて、むむむとうなる。


「幽霊船の話はきいたことがあるが、幽霊港は初めて見るな」


「いえ、以前はこうじゃなかったです。僕たちのいない間に何かあったみたいです」


「エル、桟橋に降りて話を聞いてみましょう」


「あぁ、そうしよう。ただ……イヤな予感がするな」


「艦長さん、ボートを降ろしてもらえますか?」


「わかった。気を付けてな」


 東都達はフリゲート艦からボートに移乗して桟橋に向かう。

 すると、港に近寄るほど腐った魚の匂いが強くなってくる。

 東都はたまらずシャツを引っ張って、鼻をおおった。


「うげー……こりゃひどい」


「以前よりひどくなってますね」


 強い臭気は吐き気をもよおすほどになっている。

 以前も港の環境は良いものではなかった。

 だが今は、それに輪をかけて悪くなっているようだ。


 桟橋に立った東都は港を見回す。

 以前は港長がすぐにでも駆け寄ってきたが、その姿は見えない。


 フンバルドルフに何があったというのか。

 考えようとしても、刺激臭のせいで頭が回らない。


「エルさん、ひとまず広場にいきませんか? ここにいると息が詰まりそうです」


「そうですね。なぜこんな状況なったのか聞けるかもしれません」


 東都たちは広場につながる港の門をくぐり、その先へと向かった。

 広場の市場には、華やかな布で飾られた屋台や出店があったはずだ。

 しかし、今は空の木箱やテーブルが並ぶばかりで、広場は閑散としている。


「港に続いて広場も妙なことになってますね」


「トート様、アレを見てください!」


「えっ?」


 エルが指さした先を東都が見る。

 彼はその光景にわが目を疑った。


 彼の視線の先にあったのは、広場の中央にある噴水だ。

 誰にでも開かれ、きれいな水を手に入れることのできる噴水。

 しかし、今の噴水は何人もの兵士たちに囲まれていた。


 厳重な警戒よりも、さらに奇妙なのは兵士の格好だ。


 兵士は甲冑にピンクのクマや、青のイヌといったぬいぐるみをくくりつけている。 

 そのうえ、ヘルメットにはネコやウサギといった動物の耳がついていた。


 この格好をなんと形容したものか。

 兵士たちは、テーマパークを楽しみすぎた人みたいになっていた。


「……なぁにこれぇ?」





※作者コメント※

古塔は古代ベンデル帝国よりも古い時代……?

そういえば背教者って女神よりも古い時代とかなんとか。

なにやら厄ネタの予感がするのう……

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