トイレは千里を行って千里を帰る(3)


「艦長、あとどれくらいで帝国につきますか?」


「そうさなぁ。このまま風を上手いこと掴んだとして、5日ほどかな」


「うーん微妙。速いような遅いような……」


「ですがトート様、帝国の商船と比べたら速いほうですよ」


「え、そうなんですか?」


「ええ、帝国の船だと、航海に大体8日ほどかかりますから」


「へぇ……さすがエルフの軍船だ」


(ただまぁ、召使いさんは手漕ぎでこれをやったんだよなぁ……。あの人もなかなか人間やめてるよなー)


 東都が乗るエルフのフリゲート艦の速度は、調子がいいときで10ノットほどだ。

 10日も航海すれば、おおよそ2200キロメ―トル移動できる。

 これは現実世界でいうと、東京から台湾までの距離に相当した。

 エルフの国と帝国は、遠くて近い国。そんな微妙な距離感にあった。


「うーん……」


「どうしました、トート様?」


「いえ、こうしてのんびり船に乗ってて大丈夫かなって」


「たしかに……召使いの彼が出立してから8日以上となると――」


「帝国に到着するのは、閣下が投獄されてから半月になるわね」


「不吉な話ですが、ついてみたらすでに処刑。そうなっている可能性も……」


「たしかに不安ですね。かといって、気ばかり急いでも船は動きません」


「いや、そうとは限りませんよ」


「えっ?」


「新しくなった、僕のトイレの力を使えば……!」


「まさか、トイレを……?」


「まってくださいトート様。たしかに、以前使った時は黒曜氷河までいけましたわ。でもコントロールができないのでは……」


「たしかにそのとおりです。トイレの水流はパワーこそありますが、力を揃えたり、強弱をつけると言った繊細なコントロールができませんでした」


「なら、できないということでは……」


「――しかし、今は違う」ギュッ!


「――?!」


「トイレカーは複数のトイレが一体化しています。いままでの個室トイレだったら、お空にとんでいって星になってしまいますが、トイレカーには重量があります」


「そうか……それなら!」


「はい、きっと耐えきってくれるはず!」


「やってやりましょう!」


「はい!! どうせ他人の船ですし!!」


「えっ」


 艦長は「信じられないものを聞いた」みたいな顔をしている。

 だが、東都は構わず作業に取り掛かった。


「トイレカー設置!」


 東都はいつもの呪文を叫び、甲板の上に2両トイレカーをハの字に設置した。

 設置が終わったら、次は固定だ。

 トイレカーが転倒しないように※アウトリガーを展開する。


 ※トラックの側面から、腕のように張り出して地面を掴むアレ。


「よし……トイレ、全砲門開け!」


 トイレカーの片面のウイングが開き、トイレをあらわにする。

 その威風はまさに、戦列艦がもう一つ船上に現れたようだった。


「え、ちょ、何してくれてんの……?」


 異常事態に艦長が頭を抱える。

 艦の舵輪だりんを握る水夫も、甲板の様子を不安げにみていた。

 疑心、不安、恐れ。艦上に重たい雰囲気がのしかかる。


 しかしトートはいたって自信満々だ。

 彼は前方を指差すと、トイレに号令を放った。


「威力、はなてーーーーッ!!!」


 刹那、片面8門、合計16門のトイレが火を――もとい、水を吹いた。

 最大出力のウォシュレットが空と海めがけて解き放たれたのだ!!


 トイレから出た大量の水は、フリゲート艦の周囲に海水と淡水の層を作った。

 さて、塩水と淡水が入り混じった水域のことを、汽水域きすいいきという。


 汽水域では、海水と淡水の密度差により、塩水が下層になり、淡水が上層になる。

 この現象を塩水くさびという。


 船舶は下層の海水によって強い浮力を受ける。

 そのため、淡水域より、外洋の船は浮きやすくなる。


 が、今はその逆だ。


 周囲を淡水に囲まれたフリゲート艦は、喫水線が深くなった。

 これによって船の安定力が上がり、加速しても横風で転倒しづらくなる。

 つまり、船はトイレのパワーを全て受け取れるようになったのだ!!


<シュババババババ!!!>


「うぉぉぉぉい?!」


 暴れ狂う舵輪を水兵が3人がかりで抑え込む。

 トイレで急加速したことから、船の操作に負担がかかっているようだ。


「このままじゃ船がバラバラになっちまうぞ!!」


「帆を閉じろ!! マストがぶっ飛ぶぞ!!!」


 猛進するフリゲート艦の帆が、通常とは逆に膨らんでいた。

 前に進むことで、逆に風を受けているのだ。

 この状態では、帆はエアブレーキの役目を果たしてしまう。

 船を減速させるばかりか、不安定にして船の足かせになっていた。


 ジェットスキーの要領で進む今のフリゲートに帆は不要だ。

 ベテランの水夫が猿のようにスルスルとマストをのぼって、素早く帆をたたむ。

 すると、前後左右に暴れていた船の動きが安定してきた。


「ふう、なんとかなりましたね」


「ぜぇ……はぁ……」


 肩で荒く息をする艦長。おつかれさまである。

 しかし、トートは容赦しない。


「これならもっと圧力を上げても大丈夫そうですね」


「え、ちょ?!」


「威力を最強に、はなてーーーーッ!!!」


 東都の呼び声にトイレが答える。

 吹き出す水はビームのように真っ直ぐになって水平線を貫く。

 すると、その反作用でフリゲート艦はさらに加速を強めた。


 水しぶきが上がり、浮遊感を感じる。

 水の上を翔んでいるのだ。


 虎は千里を行って千里を帰るということわざがある。

 目の前のこれは、さしずめトイレは千里を行って千里を帰るといった所か。


「いざ、フンバルドルフへ……!」


「こいつらを乗せるんじゃなかったああああああ!!!」


 艦長の悲痛な叫びは、波と水音の間に消えた。


<ズォォォォァァァァァァァァッ!!!!!>





※作者コメント※

雑なサブタイトル回収に涙を禁じ得ない。

トイレの火力(?)がカンスト寸前まできてるけど

これどうなるんやろうな……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る