エルフの槍と背教者

「不本意ながら通訳を務めるサトコです。本日はどのようなご要件で?」


(言い回しィ?! わりといい性格してるなこの人??)


「えーっと……エルフの国に行きたいんです。あ、書状はここにあります」


「失礼します」


 東都は伯爵から託された書状をサトコに手渡した。

 すると彼女は封蝋を注意深くはがし、中をあらためる。


「ふむふむ……印章とサインには問題はなさそうですね」


 サトコの言葉に東都はホッとして息を吐いた。

 だが、「問題はなさそう」と言った彼女は怪訝な顔をしている。

 それに気づいた東都は、違和感を覚えた。


(うん……? 印章とサインに問題がないのに、あの表情はどういうことだろう。もしかして……中身に何か問題があったのかな?)


 サトコの表情はきまりが悪そうだ。その様子を例えるなら、10個入りのお菓子を買ったら、中に9個しか入ってなかったときの顔だ。


 本当に問題がないのか、東都は彼女に尋ねてみることにした。

 すると――

 

「いえ、書状に問題はありません。本気と書いてマジです」


「なら……もしかすると、エルフの国に問題が?」


「もしかしなくてもそうですね。」


「おい、フレイア……」


「なんですか、ヒロシさん」


「グッ、真名はやめろ!」


「その海の国の問題とは、我々がみつけたモノに関係するものでしょうか」


「見つけたモノ?」


「あぁ、ええと……」


「サトコで良いです。フレイアとか鳥肌で死にそうになるので」


「えぇ……?」


(このヒロシさんとサトコさんの態度の差は何なんだろう……。しかもあの名前。微妙に元の世界の日本の名前っぽいし……謎が多すぎるぞ)


「あの?」


「あ、すみません。ちょっと考え事を。今から説明します――」


 東都はこれまでに起きた事件を、一つ一つ順を追って説明した。


 帝国で起きた獣人の問題。そしてその裏で暗躍する背教者。背教者の目的は女神教を攻撃することにあり、各地で背教者に同調する者を集めていること……。


 東都たちが意図せずたどり着いた黒曜氷河では、オークの村で背教者によるウェンディゴを装った襲撃事件があり、おそらく背教者に率いられたであろうサハギンが彼らに襲いかかってきたこと。


 そしてそのサハギンたちはエルフの武具を持っていたこと。

 東都はこれまでの冒険のことを、余すところなくサトコに伝えた。


 彼の冒険譚を聞いたサトコは、くいっとメガネを直す。

 そのレンズの奥の瞳は、興味深そうに東都の顔を覗いていた。


背教者レネゲイド……なるほど、興味深い話ですね」


「フレイア、この者たちを信じすぎるな。あまりにも荒唐無稽すぎる」


「あなたの妄想めいた会話に比べれば、真実味がありますよ」


「ふん。どうだか」


「あなたの部屋にある書物机の2段目に――」


「大変申し訳ありませんでした。勘弁してください」


(だいたい察してたけど、シグルドさん、やっぱり黒歴史ノートみたいなのを作ってるんだ。おっと、そんなことより――)


「話を戻しましょう。エルさん、サハギンから手に入れた槍を出してください」


「ハッ!」


 エルは荷物からエルフのやりを取り出して受付嬢の前に置いた。


(最初はすごい槍だと思ったけど……。エルフの残念さをみるにつけて、今はちがった印象に見えるな。)


 東都が冷静になって見てみると、槍はオモチャっぽい。

 シュッとした槍の穂先に比べると、草花をかたどった飾りは大きすぎる。

 全体的に、取ってつけたようなアンバランス感が目立った。


「これがサハギンたちが使っていた槍です」


「……これは伝説の神殺しの武器、葬槍そうそう『ノクターナル』ではないか」


「違います。普通にウソつかないでください」


「フッ、私が語る言葉はいつも真実だよ。君への愛もな」


「そっちはウソでいいです。これは伝説の武器ではなく、普通にエルフの工房で作られた武器のようですね」


「え、この切れ味で普通の武器なんですか?」


「ごめんなさい。普通というのは語弊ごへいがありました。伝説の武器ではありませんが、一般的に流通している武器でもないです」


「ああ、貴重品なのは間違いないんですか」


「そうですね」


(さすがのエルフもこんなのポンポン作らないか。)


「たしか、穂先の根本に銘があるはず……」


 サトコはそう言って槍を分解し始めた。


 どこから取り出したのか、大きな木槌きづちで穂先の下あたりを叩く。

 すると、穂先を柄に留めている目釘が外れ、穂先がぽろりとテーブルに落ちた。

 木の板にぶつかった穂先は、テーブルの上で鈴のような音を立てている。


「この音は精霊銀……ミスリルですね」


「そういえばヒロシさんの仮面もミスリルでしたね。それって特別なんですか?」


「精霊銀はエルフの貴族だけが使うのを許されている素材です。それが何故……」


 サトコは槍の穂先を両手で持ち、目の高さにまであげた。

 じっと穂先の表面を見る彼女の表情は、真剣だ。


「重ねてお聞きしますが、本当にこれをサハギンが?」


「はい。間違いありません。」


「この槍の銘はナガフネ。年に数本の武器をエルフの貴族向けに作っている工房のものです。一般に流通している武器ではありません」


「わ、めっちゃハイブランドだった」


「そうと知ってれば、拾えるだけ拾ってくればよかったわね」


「コニー、騎士としてそれは流石に……」


「ん、年に数本ですか?」


「はい。ナガフネは100年先まで予約が埋まっているほどの――」


「ちょ、ちょっと待ってください。それっておかしいですよ!!」


「……おかしい、とは?」


「オークの村を攻めてきたサハギンは、1万を越える数だったんです。その全員がこれと同じ武器を持ってたんですよ」


「なッ……?!」


「トート様、これはどう言うことでしょう?」


 サハギンから拾った武器は、それほど数が存在しないものらしい。

 しかし、それを数万を越える軍勢が持っていたというのは妙だ。

 東都は腕を組んでうなった。


(そうか、そういえば帝国であった赤い仮面の背教者レネゲイドは、自分のことを転生者だとほのめかしていた。なら、あいつも特別なスキルを持っている?)


「考えられる可能性がひとつあります」


「トート様、それは……?」


「赤い仮面をつけた背教者は、女神と対になる何かの神を信仰しているようなことを言っていました。つまり、奴は転生者と同じような力を持つ可能性がある」


「転生者と同じような力を? じゃあこれをしたのって」


「この槍をサハギンすべてに持たせる事を可能にしたのは、背教者の能力に間違いないでしょう。だとすると……その力は恐らく『物質の複製』ですね」


「物質の複製。背教者は手に入れたモノを増やせるということか」


「ちょっとまって、そうなると――」


「伝説の武器だろうとなんだろうと、軍勢に行き渡らせることができる……!」


 エルの言葉で、水を打ったようにその場が静まり返った。

 自分たちが相手にしている者がどれだけ強大な存在なのか。

 東都たちは、ようやくそれに気がついたのだ。





※作者コメント※

よかった。サトコさんはかなりマトモなエルフだ…

今回と次回は説明回です。

彼女たちの名前の理由も含め、エルフの国のお話が続きます。

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