持病ってそっち?


 ミノムシみたいにロープでぐるぐる巻きにされた東都は、馬に乗せられて森の中を運ばれていた。


 どれだけ走っただろう。森を抜けた騎士たちは舗装もされていない土の道を泥を巻きあげながら馬を疾走させ、背の高い、石造りの建物まで東都を運んだ。


 建物は分厚い石壁に屋根がついた感じで、それがコの字になっている。

 壁の内側には、木造の小屋がへばりつくように建っていた。


 建物を見た東都は、どことなくこの建物に既視感があった。


 中世ヨーロッパを舞台にしたダークファンタジーのゲーム。

 それに出てくる小さな砦のステージがこんな感じだったからだ。


(うわぁ。これってお城か? ダークソ◯ルそっくりだな。あのゲームは死にゲーだったけど……。転生(?)した今の僕が死ぬとどうなるんだろうなぁ。)


(確かあのゲームだと、主人公は焚き火の周りで蘇生したっけ。その理屈で考えると……。僕がもし蘇生するとなると――まさかトイレの中から?)


(トイレの中から出てくる画を想像すると、めっちゃホラーだな。トイレの花子さんならぬトイレの東都くんになってしまう)


(しかし究極の選択すぎるな。死んでも生き返れるけどトイレの中から出てきますだと、速やかに2度目の死を迎えそうだ。――主に僕の心が)


「ついたぞ魔術師。ここが我々の寄親よりおやの城館だ」


「ほえ?」


 東都がアホなことを考えてると、騎士が彼に声をかけてきた。

 エルンストはロープをナイフで切って解くと、東都を地面に立たせた。


「えーっと……」


(僕を転生させた女神の計らいなのだろうか言葉は通じる。だけど、騎士の言っている言葉の意味がよくわからない。寄親よりおやってなんだろう?)


「えっと、寄親ってなんですか?」


「む……あー、えーと」


「寄親とは、上位の貴族が私たち騎士を寄子よりことして軍役をす一方で、私たちの後ろ盾となる主従関係のことです」


 東都の前で口ごもった騎士のかわりに、女騎士が流れるように説明した。

 東都は以前、歴史の授業で似たようなことを習ったことを思い出していた。


「後ろ盾になるっていうと、親分みたいな?」


「そんなところだ。私ら木っ貴族には文官を雇うだけの余裕がないからな……特に税金の計算が大変なのだ」


「つまり、私たち騎士は馬を乗り回して戦争に行く約束をするかわりに、普段のお金の計算とか面倒くさいことは、すべて寄親に押し付けてるってわけ」


「なるほど、わかりやすい!」


「どういたしまして」


(騎士(サラリーマン)みたいな感じかな? 税金とか保険の計算は寄親(会社)に任せて働いてると。見た目はファンタジーなのに妙に生々しいな)


「そこでいうと、我らの寄親のウォーシュ伯爵は大変によくできたお方でな。常に私たちの助けになってくださっている」


「エルの村も、私の村もそんなに豊かではないからね……私たちが今も馬に乗れるのも、伯爵の助けがあってこそなのよ」


「うむ。あの方のためなら、火の中水の中。なんだってしてみせよう」


「はぁ。」


(なんだろう。なんか嫌な予感がしてきたぞ……?)


「ところで魔術師よ。伯爵閣下はとある持病をお持ちでな……。人が毎日行わなければならない営みのために、閣下は大変重い病にかかっているのだ」


「え、病気ですか? 僕は別に医者というわけでは……」


「伯爵は『紙』が硬いことに大変難儀していてな」


「あっ。」


(持病ってそっちの病かよ!! ややこしいわ!!!)


「あなたのトイレに紙がなかったのは驚いたわ。まさか水で洗い流すなんてね」


「うむ!! 魔術師殿のトイレを見てピンときたのだ。これは間違いなく伯爵閣下の助けになるに違いないと!!!」


 二人の騎士は鎧が泥で汚れるのもいとわず東都の前に膝をついた。

 彼らは胸の胸の前で重ねて、お辞儀をして叫びだす。


「「魔術師殿!! どうかあのトイレをここに置かせてください!!」」


「えぇぇ……? 弱ったなぁ。それに魔術師って、いちおう僕には東都とうと弁蔵べんぞうって名前があるんですけど」


「「ハッ! トート殿!」」


 騎士たちは東都がトイレを置くまでテコでも動きそうにない。

 どうしてこうなったのか?

 東都は困惑で目を丸くしていた。


(と、とりあえず、僕のトイレのステータスを確認してみるか)


(……冷静になると意味が分からないな。なんだよ、トイレのステータスって)


「まぁいいや、ステータスオープンっと」


 ステータスを開いた東都は、現在のトイレのステータスとTPを確かめる。

 獣人に襲われた時にTPを大量に使ったので、彼はTPの残りが気になっていた。


ーーーーーー

トイレ設置(LV9)


TP 102ー90=12


『抗菌』

『除菌』

『消臭』

『ウォシュレット』

『◯姫』

『威力アップ』(水流の威力を上げます)

『速度アップ』(水流の速度を上げます)

『防御アップ』(外部からの攻撃を防ぎます)

『耐久アップ』(水流の力が強くなります)

ーーーーーー


(ふむふむ……トイレの機能を足すとレベルが上がるのか。TPがちょっと増えてるのは、トイレを使ったせいだな。しかし『◯姫』はともかく、その下がマジで意味わかんないな。トイレについてていい文言じゃないだろ)


 威力アップの文言をなぞりながら、東都はため息を吐いた。


 これらのスキルは獣人を倒した際に取得したものだ。だが、どうにもトイレに似つかわしくないし、必ず取る必要があったとも思えなかった。


(結構な無駄使いになっちゃったな。TP(トイレポイント)的には追加できる機能はあとひとつ。もし何か足すとしたら、ここは慎重にならないとなー)


「何やら騒々しいな、一体何があった?」


「「ウォーシュ閣下!!」」


 僕がトイレのステータスを確認しているその時だった。

 振り返ると、剣を持った初老の白髪の男が小刻みに歩いてこちらに来ていた。


(なるほど、彼がウォーシュ伯爵か)


 髪には大分白髪が混じっているが、伯爵の体つきはがっしりとしている。

 大きなワシ鼻の周りには深いシワが刻まれていて、老将軍といった印象だ。


 しかし、伯爵は威厳のある出で立ちをしながらも、その動きは見た目と真逆だ。

 脚はぷるぷると痙攣けいれんするように動き、内股がかっていた。


(間違いない。伯爵は重度のを患っている)


 格好と動きのアンバランスさに、奇妙な震えが東都の腹に込み上げてくる。

 彼は笑いをこらえているのだ。


(不味い、笑うな、絶対に笑ってはいけない。相手は剣を持ってるんだぞ!)


 東都は深呼吸して、伯爵に向きなおった。


「えっと、トートです。一応……魔術師なんですかね」


「なるほど、ではこちらも名乗らせていただこう――」


 ぴりりと空気が張り詰める。


「私はベンデル帝国・ドバー領を収めるウォーシュ伯爵だ。」


「ブフッ!」


(ダメだ、こらえきれなかった。ベンデル帝国・ドバー領はずるいでしょ!!!)


 東都は伯爵の瞳に暗い炎が宿った気がした。


(ヤバイ、はやくもここで死ぬか? トイレでリスポンはいやだぞ?!)




※作者コメント※

このシチュでベンデル帝国はレギュレーション違反だよなぁ……。


ふと思ったけど、トイレのステータス画面を書いたのって、

多分人類の歴史の中で、この作者が初めてなんじゃないかな?

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