【本格回】ウォーシュ伯爵

「うーむ……うーむむむ……」


 サー・ウォーシュ伯爵は便座に座って獣のようにうなっていた。

 先祖代々、ドバー自由伯領を受け継ぐ彼だが、昼はトイレにこもりっきりになることが習慣づいている。


 ひとつには、彼の生活が夜型のために、排便サイクルが遅れているためだ。

 そのほかにもうひとつ、このドバーの気候に適応した、というのもあった。


 ドバーに限らず、ベンデル帝国は太陽の位置が低い。

 今の時期は春だが、それでも昼になるまで地面は氷のように冷たいのだ。


 すでに初老であり、髪もほとんど白くなったウォーシュ伯爵にとって、凍えながら尻を出すということは耐え難かった。


 それは彼が使うトイレに原因があった。彼が座っているのは、ガーデローブというトイレで、ただの石に丸い穴を掘って城館の外につなげたものだ。

 このガーデローブに便座はなく、石の上に直接座るようになっている。


 朝にガーデローブに座ると、体の内側まで凍てつく寒さに襲われる。


 尻をつける石が冷たいのもそうなのだが、もっとつらいのは、トイレの穴を通して外の冷たい空気が吹き込んで、尻と下腹部に直撃することだ。


 そのため、伯爵は自然と昼さがりに排便するという習慣が身についた。


「うーっ……ぬんっ!!」


 ウォーシュが顔をしかめてりきんで、野生を開放した。彼の体から放たれた獣性はガーデローブの穴を通り、城館の外にポロンと落ちていく。


「ふぅ……さて、今日はどうかな」


 伯爵はガーデローブの傍らにある木の箱からちり紙をとりだすと、つばを吐きつけて丹念たんねんにもみほぐしてから、かがみ込んで尻にあてがった。


 彼はちり紙を上下に動かして、自分の尻に残る人と獣の境界を取り払う。

 だが、そうしたところで彼の額と眉間に深いシワが刻まれた。


「クソッ、また切れた・・・


 ウォーシュが手に取ったごわごわのちり紙は、鮮血で赤く染まっていた。


 ――「切れ」だ。


 ゴツゴツとした石に座り、ベンデルの乾いた外気にされながら用を足すのだ。

 こんな習慣が、決して肛門に良いはずがない。

 彼の毎日の習慣は、いつしか大変な苦痛を伴うものとなっていた。


「神よ……なぜこのような辛苦しんくをお与えになるのです」


 彼は絶望していた。


 先祖代々続く彼の地位も、金庫に積み上がる金貨も、領内を守る勇壮な騎士たちも、彼の毎日の排便の前には意味をなさない。


 彼の苦しみ――「切れ痔」は現世の権力や豊かさとは無縁の超越的な存在。

 いうなれば神の罰だった。


 彼は尻を出したまま祈りの姿勢を取る。だが、トイレの穴から吹き込んでくる木枯らしが身にしみて、すぐにそこから立ち上がった。


「やはり、ガチョウを取り寄せるべきか……? 産毛のもやもやしたガチョウの子に勝る尻拭きはないと聞くが……」


 彼はぶつぶつと言いながら脚衣ホーズを引き上げ、鹿皮の胴衣ギャンベゾンの前を留めた。


 何はともあれ、執務に戻らなければならない。

 彼は仕事場にいくため、トイレを後にして城館の廊下を通っていく。


 尻の痛みを抑えるため、せまい歩幅で廊下を歩くウォーシュ伯爵。

 ちょこちょこと歩くその姿は、まるで生まれたてのペンギンのようだ。


「ん?」


 そこで彼はふと、肺を冷気で浸す空気に馬のひづめの音が混じっているのに気づいた。


 彼は廊下の窓(といっても石壁にあいた穴だが)に近づき、下向きに斜めに壁を切り取った窓から眼下を見る。するとそこに奇妙なものを見つけた。


「む、あれは……? 寄子よりこのエルとコニーではないか。たしか致死率十割大森林の巡察に向かっていたはずだが、あの血相は何だ」


 食い入るように爆走する彼らを見つめ、目を細めるウォーシュ伯爵。

 エルは馬の背中に荒縄ロープでグルグル巻きにされた小男を乗せている。


「ぬ、あの小男、なんと奇妙な格好か」


 まず目立つのは小男の服だ。

 着ている服の布地は汚れ一つなく上等で、仕立てがスマートすぎた。


「良家の商人、あるいは学徒か? だとすると奇妙だな。何かの罪があったとしても、エルがそのような者を手荒に扱うはずはない。となると……」


 伯爵はもう一つの可能性に思い至った。身分が高そうな上等な格好をして、あのような扱いをされる者たちというのは、大体相場が決まっているものだ。


「――魔術師か。これは面倒なことになりそうだぞ」


 伯爵は胸の前で祈りの仕草をすると、廊下をまた戻り階段を駆け下り始めた。

 彼らが馬を寄せるために立ち寄るであろう、城館の広場に向かうためだ。


 小刻みに歩を進める伯爵のその手には、しっかりと剣が握られていた。



※作者コメント※

本格回ってなんだろう…(哲学

重厚なファンタジーにありがちな文体で

クッソひどい内容(

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