過去からの復讐

「次の目的地は――ここです!」


「なるほど……そうきましたか」


「トート様はいつも予想の上をいくわね」


「うむ。わしも失念しておったわ。たしかにもう一つの選択肢があったな」


(……えっ、もうひとつ?)


 東都がやみくもにゆびさした先をみると、そこはベンデルドルフのはるか東。

 つまり、東の国だった。


「火の国、砂の国、そしてまだもう一つ、東の国が存在していましたね」


「うむ。東の国は東方一帯をおさめる強大な勢力だ。もし助勢を得られたなら、大変心強い協力者になることだろう。」


「砂の国や火の国は、国というよりは大きな街程度だものね」


「コニーの言う通りだ。帝国の博物誌によると、東の国はベンデル帝国以上の版図と豊かさを持っているとある。彼らの協力は、間違いなく戦いに大きな影響を及ぼす」


「ま、まぁ……そんな感じです。ただまぁ――」


 『これはただの思いつきです』

 東都はそう言おうと思ったが、伯爵とエルたちが食い気味に言葉を重ねた。


「フフ、さすがはトート殿だ。このワシの目をもってしても見抜けなんだ」


「東の国のことは、すっかり抜け落ちてたわね」


「トート様の戦略眼の前に、ただ我が身の不明を恥じるばかりです」


(な、なんか好意的に捉えられてる……これ、不味いのでは?)


 東都は、ただ適当に指さしただけだ。

 なのに伯爵とエルたちはそれを名案として持ち上げている。


 いや、実際名案なのだろう。


 当初、彼は東の国から亡命してきた高位の貴族の魔術士ということになっていた。


 だが、それは彼の正体を隠すためのもの。

 魔術士トートは、東方からやって来た龍神だったのだ。


 東方の神族ならば、東の国に協力を働きかけることも容易だろう。

 人の往来を拒絶する死の砂漠も、トートのトイレの前には障害にならない。


 「東の国へ行く」というのは、まさに名案以外の何物でもなかった。

 ……たったひとつの問題にして、すべての問題を除いては。


(不味い、不味いぞ……僕は東の国のことなんて、何も知らないんだぞ!!)


 そう。

 問題は――『東の国から来た』というのがウソということだ。


 いや、それどころか東都は東の国のことなど何も知らない。


 致死率十割大森林でエルたちと出会った時、命しさにその場の空気に流されて、つい東の国から来たといってしまっただけだ。


(クソッ、まさかこんなところであのときのウソが復讐してくるなんて!!)


 東の国に知り合いもなければ、コネもない。

 そもそもの話、東の国出身というのも、龍神というのも、何もかもがウソだ。

 東の国に行けば、すべてがバレるだろう。


 もし、そうなってしまえばどうなることか……。


 東都は自らの行いを呪い、天を仰いだ。

 しかし、空は暗い天井に塞がれており、闇以外に何も見えなかった。


「久しぶりの里帰りですな。すでにトート殿の心は故郷に帰られているようだ」


 東都は絶望して天を見上げた。

 その仕草は、故郷の感慨にたふけっていると伯爵に思われたようだ。


「東の国、一体どんな国なのかしら……」


(それはこっちが聞きたいです!!!)


「トート様、東の国の途中で砂の国を通りますが、そちらはどうされます?」


「あっ、そうですね……」


(そうか、東の国の前には砂の国があるじゃないか! そこでなんとか理由をこねてベンデル帝国に引き返せば、東の国に行かなくて済むのでは?)


 東都は頭をフル回転させて状況を計算する。


 なんとしても、東の国へ行くことを避けなくては。

 そのためにはどんな手であっても使うべきだ。


 東都はエルに椅子ごと向き直り、こう伝えた。


「もちろん、砂の国にも行きましょう。同盟相手は多いほうが良いですし、砂の国で東の国の状況を探れるかもしれません」


「うむ。トート殿の言う通りだ。砂の国に立ち寄らない手は無い。同盟相手を増やすという目的は変わらないわけだからな」


「はい、そこで東の国へ行く前に、まず砂の国へ行きましょう」


「ネコ人の国かぁ……どんな見た目なのかしら?」


「帝国の博物誌によると、すっくと立ち上がったネコの姿らしい。本当かどうかは、実際に見てみないとわからないが……」


(すっくと立ち上がったネコか。『モンキーハンター』のエイルーかな?)


 前の世界で東都が遊んでいたゲームに『モンキーハンター』というゲームがある。

 そのモンキーハンターの世界には、エイルーという種族が登場する。


 エイルーは二足歩行するネコだ。モンキーとの戦闘や、その準備のアイテムを集めたりといった作業をしてくれて、プレイヤーを手助けしてくれる。


 しかし、エイルーは役に立つだけでなく、もっと重要な特徴がある。

 シンプルにかわいいのだ。


 二足歩行でいそいそと働くエイルーの姿は、血で血を洗う殺伐としたモンキーハンターの世界で唯一といってもいい癒やし要素なのだ。


 エイルーはニャーニャー鳴き声をあげながら、拠点を走り回って仕事をする。彼らのコミカルな仕草や、たまにサボったりしている姿は、ユーザーの人気が高い。


 東都はそんなゲームの中に出てくるエイルーの仕草を思い出して思った。


(もしリアルでエイルーを見れるなら、それはそれでいいかも……。)


 天井を仰ぎ見ていた東都は、すっと視線をエルたちに戻して、勢いよく肺に息を吸い込んだ。この場にいる全員に、自分の意志を伝えるためだ。


「行きましょう! ――東へ!!!」


「「「おう!!!!」」」




※作者コメント※

こういう勘違い展開わりと好き(


この展開にするために

最序盤で『東方から来た』という嘘を付く必要があったんですねぇ。

TASさんかな?

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