ゲリべ川


 ――トラックにひかれて転生した次の日。

 東都はフンバルドルフに向かう平底船の上にいた。


 というのも、ドバー領のほとんどは致死率十割大森林に覆われている。

 そのため陸路で首都に向かうのは大変な困難がつきまとう。


 かわりに使われたのが、今東都が乗っている平底船バージだ。


 平底船とは流れの緩やかな河川や運河を通行するために使われる船だ。

 おもに大量の物資の輸送や貿易に使われている。


 大抵の平底船は荷物を運びやすいように、船底が平たく深いものになっており、先端が丸く箱のようにずんぐりとした印象をしている。


 船体が大雑把なら、索具さくぐも同様だ。平底船のマストは一本だけで、たった一枚の四角い大きな帆布が、数本のロープで操作される。


 東都が乗っている「クサイアス号」も平底船もその特徴を備えている。勇壮な名前とはうらはらに、どこか野暮ったくて、垢抜けない印象を受ける船だった。


「どうですかなトート殿。クサイアスの乗り心地は」


「え、えぇ……快適です。思ったより全然揺れないんですね」


「今の時期のゲリべ川はまだ穏やかですからな。春の終わりになると、雪解け水が増えてきて、船を海まで押し流すような流れになりますぞ」


(何か色々垂れ流しそうな名前の川だなぁ……。

 船といい川といい、この世界のネーミングセンス。何か臭くない?)


「フンバルドルフに行くにはいい時期でしたね」


「うむ。もうすこし月が回ると、船の空きはないからな」


「そうなんですか?」


「この船はドバーの木材をフンバルドルフに運ぶのに使われているもので、夏になるとほとんど出払ってしまうんですよ」


「じゃあ、ほんとに運が良かったんだ」


「それはどうでしょう」


 甲冑を着込み、銃を肩に担いだエルの微笑みが険しい表情でかき消される。

 彼は川の両岸にある、鬱蒼うっそうとした森の中を真剣な面持ちで見つめていた。


「あ、もしかして……獣人?」


 東都のつぶやきにエルがうなずいた。


「致死率十割大森林に住む獣人たちの動きが、最近活発になってます」


「お2人が森に入っていたのも、それが理由ですか?」


「そうです。獣人たちが森の境にある村を襲うことは以前からたびたびありましたが、ベンデル帝国で流行り病が流行りだしてから、その数が倍になりました」


「だ、大丈夫なんですかそれ? この船、襲われたりしません?」


「脅かしすぎよエル」

「コニー……しかし、万が一ということも……」


「エルは不安症ね。獣人は襲う相手を選びますから大丈夫ですよ。武装した人間に立ち向かってくるほどの気概はありません」


(そういえば、僕が森で襲われたときは武器みたいなのは何も持ってなかったな。だから襲ってきたんだろうか?)


「安心してくださいトート様。獣人は水の上に浮かぶ船には手を出せません。船を使うような知性の高い獣人はいませんからね」


「たしかに、水の上なら安心か……」


(コニーさんが言うように、水の上なら殴り合いにはならないし安心か。それに、こっちには銃がある。ちょっと気にし過ぎか)


 東都がホッとして息を吐くと、どすどすという足音が背中から聞こえてきた。


「ヨーホー、トートの旦那ぁ! ありゃ何だ?!」


 いまにも殴りかかってきそうな勢いで声をかけてきたのは、東都の半分くらいの身長しか無い、子供のような大きさの人間だ。しかし、子供のような背丈にも関わらず、その酔っ払ったような赤ら顔には、深いシワが刻まれていた。


「あ、ドワーフのおじさん」


「ドワーフじゃねぇ。フリントだ。お前は人間なら誰でも人間様って呼ぶのか」


「はぁ。」


 フリントと呼ばれた彼は、このクサイアス号の船頭だ。彼の歌うようなリズムと独特の発音は、なんとも奇妙な言葉という印象を東都に与える。


 東都につっかかってきた彼は、伯爵やエルやコニーのような人間ではない。

 ドワーフという種族で、人間よりも背が低いが、力は人間よりも強い種族だ。


 何でもフリントと彼の一族は古くからドバーに仕えているらしく、代々で材木を街まで運ぶのを仕事にしているとのことだ。

 

「まぁいいや。それよりもアレだYO! ありゃ~、何だって聞いてんだYO!」


 ドワーフは手に持った木槌を振り回してわめきちらす。

 彼の怒りの源は、船の片隅でれている白い柱にあるようだった。


「ええと……トイレのことですか?」


「なーにがトイレだぁ? アレじゃ使い物にならね―YO!」


 どうやらフリントは東都が置いたトイレに何か文句があるようだ。


「水で尻を洗うどころじゃねーYO! タマ・・を洗っちまうYO! かといって紙を探しても、どこにも紙はねぇし、どうなってんだありゃ!!」


「あー……」


(そうか、体の小さなドワーフだとトイレのサイズがあわないのか)


「すみません、今はとりあえずこれで……。あとで紙を用意しますから」


「全く頼むYO!」


 東都は持っていたポケットティッシュの残りをフリントに差し出した。するとドワーフはひったくるように東都の差し出したティッシュを奪い、ぷりぷり怒りながらトイレに戻っていった。


(やっぱ紙も必要かぁ……ちょっと見てみよう)


 東都はステータス画面を開くと、トイレのスキルツリーに画面を遷移させる。


(さて……いまのTPトイレポイント19・・か。城館においたトイレを色んな人が使ってくれたおかげで少し余裕があるな)


 トイレのスキルツリーには沢山のアイコンが並んでいる。

 東都はそのアイコンの一つ一つに指をそわせて、慎重に文字を読む。

 トイレットペーパーに関係するスキルがないか探しているのだ。


(付属品……ちがう。設備……ちがう。あ、消耗品! もしかしてこれかな?)


 東都は「消耗品」とカテゴリーが分けられたスキルの中に、トイレットペーパーを見つけた。どうやら紙もちゃんとあるらしい。


(このスキルツリーのUI、なんていうんだろ……。とりあえずある物全部並べましたっていう違法建築具合がひどくて、やたら探すのに時間がかかるなぁ)


 どうやら女神にはユーザーに対する気づかいというものが薄いらしい。


(もし女神に気づかいが存在するなら、トイレを出すスキルだけで僕を異世界に送り込まないか。イヤな納得の仕方だなぁ……)


 東都はスキルツリーの「トイレットペーパー・再生紙シングル」のボタンを押した。どうやら最初は、ちょっと安いトイレットペーパーからのようだ。


(ここでケチる意味がわからん。女神がドラッグストアで仕入れてるのか?)


「ポチッとな。これでよし、と……ふう。」


 トイレットペーパーのスキルを取ったことで、次からトイレには紙が装備されるようになるはずだ。安心した東都はふと森の中に視線を向けた。


「うん……?」


 森の中で無数の数字が踊っている。

 まとまりのない数値を刻んでいる3ケタの数字が、暗い森の中で光っていた。


「あれは便意の数字? なんで森の中に……ハッ?!」


 東都はエルとコニーに向かって喉から血が吹き出さんばかりに叫ぶ。

 次の瞬間、風を切る矢の雨がクサイアス号に降り注いだ。





※作者コメント※

作者の脳裏にうっすらと浮かんできたんです。

クサイアス号という名前が。


なんか勇壮に見せかける語感にして

しょーもない名前なのが好き。

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