ゲリべ川の死闘
森の中から降りそそいだ無数の矢が平底船の甲板に突き立った。
東都の声で身を隠していたエルは、彼が発した言葉を繰り返した。
「敵襲!!」
エルはカービン銃を抜き放ち、森に向かって放つ。
船と森の間で猛烈な応射が始まった。
そのさなか、東都は矢の雨から身を隠す場所を探していた。
「どこか、隠れる場所はないか……?!」
東都はパニックになっていた。
平和な日本で、のほほんと学生をしていた身だ。
本気の殺し合いに参加したことなど無い。
彼がパニックになるのも当然だった。
東都は腰を低くしてあたりを見回す。
ドワーフの水夫たちは、クサイアス号の甲板を囲んでいる板に身を隠していた。
(あれか!)
東都は水夫たちのマネをして、板の後ろに身を隠す。
クサイアス号の甲板には腰よりも低い高さの板が張られている。
だが、これは戦闘用のバリケードではなく、水を避けるための板だ。
獣人たちがその圧倒的な膂力で引く弓矢は、丸太のような太さがある。
人外の力で放たれた矢は、たやすく
身を隠していた東都の目の前に、何本もの鋭い矢の先がズバスバと飛び出した。
「ぎょえぇぇ!! 意味ないじゃん?!」
(こんな薄い板じゃ駄目だ、とても矢を防げない……!)
実際、ドワーフたちも身を隠しているが、板を
「ぐわっ!」
「うぎゃぁ!」
(獣人たちは森の中に身を隠しているけど、こっちは隠れるものがない水の上だ。このままだとなぶり殺しだ……何かないか?)
「せめて矢から身を隠せるものがないと……そうだ!」
東都は甲板をキッとにらみつける。
そして――
★★★
<獣王様、まもなく勝負がつくかと>
<ウム。人間どもの
<ハハッ、実に痛快でありますな>
<このまま一気に押しきれいっ!>
<ハハッ!>
東都たちを襲ったのは獣人たちだった。
しかし獣人たちを指図しているひときわ大きな体躯をもつ獣人は、東都が初めて出会った
筋骨隆々とした体は、この獣人の周りの木々と遜色のない太さがあり、東都が出会った獣人よりもはるかに大きい。獣人の頭部には牛に似た角が生えていて、黒光りする角は槍のように鋭く尖っている。
そしてなにより、獣人は分厚い鉄の板を身に着け、武装していた。
彼は巨躯に打ち倒した人間から奪った鎧の残骸や盾を身につけている。
角の様相も加わり、さながら、鋼鉄の猛牛といった貫禄だった。
<抵抗が弱まったら、手勢を乗り込ませて一気に制圧するぞ>
<ハハッ。さすが獣王様は頭の良いお方……これまでの王とは一味違いますな>
<フン。力に慢心し、使い方を考えようとしなかったのがこれまでの王の過ちだ>
<と、いいますと?>
<力に劣るヒトは知恵で我らを出し抜いた。なればこそ。力ある我々が知恵を回せば、負ける戦はないというものよ>
<なるほど……獣王様のお知恵があれば我らはきっと――>
<みなまで言うな。さて、水の上なら逃げ場はないこのまま……ん?>
獣王の前で異変が起きた。射掛けられた矢でハリネズミのようになった船の上に、突如として白い壁が現れたのだ。
<な……何だこの壁は……?!>
船の上にそそり立った壁に獣王は息をのんだ。
それは壁というにはあまりにも美しすぎた。
美しく、白く、シミ一つなく、そして清潔すぎた。
それはまさに白亜の城壁だった。
<ば、ばかな……城、だと?>
弓に矢をつがえたまま、獣人たちは凍りついていた。
彼らの目の前に突然現れた、純白の壁。
その異質な白さは、ある種の神々しさをもっている。
それは獣人にさえ、畏敬の念を呼び起こさせた。
この壁に矢を放つのは、神に対する冒涜ではないのか?
その思いが彼らの手を止めさせたのだ。
<じ、獣王さま、いかがなさいます?>
<……射撃だ、射撃を継続しろ!>
<ハッ!>
★★★
「トイレ設置!! 設置!! 設置設置、セッチッチィ~~~!!!!」
東都は半分ヤケクソ気味にスキルの名前を連呼している。
デッキに現れたトイレは、また現れた別のトイレによって押し倒される。
すると甲板には、無数のトイレがレンガのように積み上がっていった。
そうして東都はクサイアス号のデッキの上にトイレの壁を作りあげたのだ。
(このトイレはTPで防御アップのスキルを取っている。きっと矢を防げるはず!)
「みなさん、トイレの影に!!」
「アホか!!!」
ドワーフの水夫たちの反応は、至極もっともなものだった。
しかし東都のいるトイレの壁の中に、迷いなく潜り込んできた者たちもいる。
エルとコニー、そして伯爵だ。
「えぇ……?」
何が起こったのか理解できていないドワーフたちも、次の瞬間に理解する。
獣人たちの放った矢の雨を、トイレの壁が弾き返したのだ。
「なにこれ怖い」
白く滑らかなトイレの表面は、こともなげに矢を弾いていた。
そこにはかすり傷ひとつ無かった。
「なんじゃこりゃ?! 一体何でできてるの?!」
「話はあとだ! トート殿が作った壁に隠れろ!」
「こっちです!」
背の低いドワーフは壁を乗り越えるのに苦労する。
エルやコニーの援護射撃のもと、東都と伯爵がドワーフを引っ張り上げた。
引き上げている最中、なぜか森の中からの射撃が弱まっていた。
突如水上に現れた白亜の城に困惑しているのだろう。
森の中で激しく動いていた3ケタの数字の動きが止まっている。
(よし、奴らも動揺しているみたいだ。)
「森の中の獣人たちの動きが止まりました、今です!」
「うむ。恩に着るぞトート殿」
伯爵がすらりと剣を抜き、船上で戦う者たちを鼓舞する。
「このまま一気に押し切れい!!」
「「おう!!」」
矢を防ぐ安全な壁の後ろにいることで、水夫たちも士気をとりもどす。
戦いの主導権は、完全に東都たちの側に移っていた。
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※作者コメント※
このネタで本格的な戦闘シーンが起こるとは、
お天道様も思うめぇ……
いやほんと、なんでこうなったし
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