新たな力

※作者コメント※

筆が滑ったため、いつもよりちょっと長いです テヘ

ーーーーーー



「これだけの贈り物を受け取って、客を手ぶらで帰せばドバーの礼儀が疑われる。連中に腹一杯の鉛玉を食らわしてやれ!」


「「おう!!」」


 ウォーシュ伯爵が水夫たちを激励する。

 勢いを取り戻した彼らは、矢の雨にも怖じけず銃を構える。


 白いトイレの上に、黒い銃身が並ぶ。

 その銃身が向く先は、対岸のうす暗い森の中だ。


「構え!! てぇー!!」


<バババパン!!>


 伯爵の号令ともに森へ向けて銃撃が始まる。

 しかし、クサイアス号に降り注ぐ矢の雨は弱まらない。


(……森の中で動いている数字の数が減らない。銃の狙いが甘いんだ)


 東都が考える通りだった。獣人たちは森にある無数の物陰に隠れている。

 木々や葉、倒木から苔むした岩。森にある全てが獣人に味方していた。


「うーん……あんまり当たってませんね」


 東都がぽつりと言うと、エルはたいそう驚いた様子だ。


「まさか、トート様は森の中を見通せるのですか?」


「ま、まぁそんな感じです。生命探知の魔法……みたいな?」


「なるほど、誰よりも早く獣人に気づいたのはそのためですか」


「さすがトート殿」


(森にうごめく便意で察知したって言ったら、さすがに怒られそう。詳しいことは伏せとくか……)


「しかし伯爵、これでは決め手がありませんね」


「うむ、トート殿に見えていても我々に見えないのではな……」


「トート様。トイレの水をぶつけるのはどうでしょう?」


「うむ、あの威力なら、獣人たちもひとたまりもなかろう」


「お前ら何いってんの? 狂ったかYO!」


 コニーの提案に、フリントから至極当然のツッコミがくる。

 いまや彼らの常識はトイレに毒されきっていた。


(たしかにウォシュレットの水なら激流葬できるか? ……いや、だめだ)


「さすがに遠すぎますね。水は遠くなると威力が弱くなります。クサイアス号と森の距離を考えると、武器にはならないでしょう」


「そもそもトイレの水を武器にしようとする発想がおかしいYO!」


「「たしかに」」


(うーん、この状況を変えられる、何か良いスキルがないかな?)


 東都はスキルツリーを開き、スキルを探しはじめる。


 この状況を打開できるスキルが何かないか?

 慎重にスキルの文字を読んで想像をふくらませる。


(女神がわざとやってるのかしらないけど、スキルの説明は取得しないと表示されない。変なのをとらないように注意しないと……ってか、これもう半分サギだろ)


 女神に対するいら立ちを感じながらも、東都は冷静に探し続ける。


(森の中に隠れる獣人をあぶり出す機能、そんな都合のいいものあるかなぁ)


 当然のことながら、スキルツリーに並んでいるのは常識的な機能ばかりだ。

 トイレからミサイルを打ち出すような機能はない。


(ここにあるのは、普通の機能ばかりだ。……いや、普通に考えてトイレに戦闘用の機能は無いわ。うん。)


 一瞬正気に返る東都。

 それでも彼は必死に考える。


(戦闘用の機能はない。でもウォシュレットの例がある。パワーが極端になることで凶悪になる機能。うん、これを探そう。発想次第では行けるはずだ)


 彼はトイレのオプション機能を眺める。

 どれもあったら嬉しいと思わせる有用なものばかりだ。


(水はね防止、自動洗浄、こんなものもあるのか。最近のトイレは進んでるなぁ。そういえば、友達の家のトイレは暖房をカンカンに効かせてたな。アレに座った時、お尻が火傷するかと思ったっけ。)


 その時、東都の頭に電流走る。

 彼に天啓が降りてきたのだ。


(そうか……暖房機能だ!! 獣人は毛むくじゃらだ。暖房機能で熱を森に送り込めば、獣人は体が熱くなって、川のほうに出てくるんじゃないか?)


 スキルを取得するためにボタンを押す東都。

 しかし、ボタンは反応しない。


(あれ? ……あ、TPが9しかない! あと1足りない。クッ、妖怪1足らないめ! 女神のやつ、これくらいオマケしてくれたっていいだろ!)


 東都は「暖房機能」を取ろうとしたが、TPがあと1点足らなかった。

 たったの1TP。

 だが、されど1TPだ。


 戦いのさなか、便意をもよおすものなどいるはずがない。

 周囲の者の頭上を見回すが、誰もが10~20と言った数値だった。


(もうダメだぁ。おしまいだぁ!!)


 絶望した表情で頭をきむしる東都。

 彼の様子に気づいたのか、エルが心配そうに彼に話しかけた。


「どうしましたトート様。私にできることであれば、何なりと言ってください」


「あの、ウンコ出ますか?」


「気が狂いましたか」


「待ってエル。トート様の話を最後まで聞きましょう」

「えぇ……」


「実は、僕の魔法はトイレを使ってもらうことで強化されるんです」


「「よし、戦いを続けましょう!!!」」


「待ってください! あと一回、あと一回だけトイレを使ってくれれば、この戦いを有利に進められそうなんです!」


「あの……今は戦いの最中です。出るものも引っ込みますよ」


「いや待って。エル、方法ならあるわよ」


「嫌な予感しかしないんだが、何だコニー」


「思い出して。私がエルに渡したモノがあったでしょ?」


「ん……何かあったか?」


「アレよ『盗賊の酢』よ」


「あぁ、そういえば分けてもらったな。……まさか、あれを飲めと?」


「あの薬に病を防ぐ力はないかもしれない。けど、下剤としては効果は抜群よ。飲めばたちまち腹を下して垂れ流すわ」


「普通にイヤなんだが」


「エルさん!!」


「この戦いはあなたの決断にかかってのよ? エル、あなたに騎士としての誇りはないの!!」


「むしろ誇りを失うと思うんだが」


「はよしろ」


「アッハイ」


 コニーの雑な押しに負けたエルは、しぶしぶ「盗賊の酢」を飲み干した。


 すると、エルの顔色が青くなるのと同時に、彼の頭の上に浮かぶ3ケタの数字が猛烈な勢いで回転し始める。彼の便意をしめす悪魔の数字は、あっというまに90の大台に乗った。


 盗賊の酢はインチキ薬かもしれない。

 だが、下剤としての効果は現代のそれと遜色ないようだった。


「こ、これはキツい……!」


「おお、すごい効果だ!」


「トート様、今です!! パワーをトイレに!」

「いいですとも! トイレ設置!!!」


 東都がトイレを置くと、間髪入れずにエルが中に潜り込む。

 TPの表示をじっと見守っていると、間もなくTPが10になった。


(よし、スキルを取得しよう!)


 待ちかねた瞬間が来た。

 東都は「暖房機能」のボタンを弾くように叩き、スキルを取得する。


ーーーーーー

★スキル「暖房機能」

 トイレの便座と、トイレの室内を温めます。

 このスキルはパッシブスキルによる性能強化の影響を受けます。

ーーーーーー


(やはりか。これならきっと!!)


「みなさん! トイレのドアを開いて、森の中に向けてください!!」


「「えぇ……?」」


「つべこべいうな、トート殿の言うとおりにしろ!」


 東都のまるで意味の分からない指示に困惑するドワーフの水夫たち。


 しかし伯爵が命令すると、彼らは頭に「?」を浮かべながら、壁として使っていたトイレのドアを開いて森に向けた。


「できましたぞ!」

「はい……暖房、全開で!!」


 東都がそう命令すると、トイレのドアから陽炎が立ち上る。すると幾百もの角笛に息を吹き込んだような轟音が、クサイアスの甲板から森に響きわたった。


<ブォォォォォォォォォ!!!!>


 これはトイレの暖房が発する駆動音だ。


 ゲリべ川の水面が、トイレからほとばしる暴力的な音圧で揺れる。

 クサイアスから森に向けて、津波のような波紋が広がっていった。


 しかし、規則正しい波を作っていた波紋が、唐突に乱れ始める。

 激しい雨がふった時のように、水面に重なり合う水の輪ができていた。


「雨……? いや、これは!!」


 水面を見つめる伯爵は、その異常な光景に気づいた。


 これは雨の波紋などではなかった。

 ゲリべ川が煮え立っているのだ。


「川が……煮えている?!」

「閣下、見てください、森が!!!」


 ウォーシュ伯爵が面を上げると、そこには異常な光景が広がっていた。

 森の木々が葉を落とし、白い煙を上げているのだ。


「まさかこの魔法……森を焼いているのか?」


「GYAAAAAAA!!!」

「UGRRRRRRRY!!!」


 森の中から身の毛もよだつような絶叫が聞こえる。

 獣人たちがトイレの暖房によって、生きたまま焼かれているのだ。


「なんて恐ろしい破壊魔法だ……」

「敵とはいえ、少し哀れですね」


 あまりにも凄惨な光景だった。

 暴力を見慣れた伯爵や騎士たちでさえ、目の前の光景にドン引きしていた。

 そして、東都本人もドン引きだった。


(女神ィ!!! ちょっとは加減しろや!!!)


 彼は森をちょっと暑くするつもりだった。

 それで獣人たちが森から出てくればいいかな~?

 と、のんきに思っていただけだった。


 しかし、トイレは予想以上の火力を発揮した。まさか森ごと獣人を焼き払うと思っていなかったトートは、自分のやったことに戦慄していた。


「トート様はこの力を隠していたのですか?」


「あー、その……」


「ふむ、トート殿がいったいどうして東の国からはるばる一人でお越しになれたのか? その理由の一端が、この魔法の力ですか」


「ま、まぁ……そんなところですね」


「これだけの魔法があるのに、トート様のことを追放するなんて。東の国は一体何を考えているのですか」


「いや、逆かもしれんぞコニー。強大な力を恐れて放逐したのかもしれん」


「なるほど。トート様が身分を明かさないのは――」


「うむ、追手や暗殺を恐れてのことだろう。トートという名前もおそらくは偽名。これだけの力を持つ魔術師なら、砂漠を越えてその名が轟いてもおかしくない」


「……たしかに」


(なんか勝手に納得されてるけど、まあいいか。襲ってきた獣人は追い払ったし、結果オーライだ。それよりも――)


 東都はクサイアス号の甲板に平積みになっているトイレを見上げた。

 降りそそぐ矢から身を守るために、なりふり構わず壁としてトイレを設置した。

 そのトイレの数は、30基をくだらないだろう。


(この出しちゃった大量のトイレ、どうしよう?)




※作者コメント※

森を焼き尽くす暖房ってなんだよ……


あとエル。おまえは漢だったよ……

安らかに眠ってくれ(死んでない


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る