『異世界トイレ』のちょっと難しい話 ~水運~

※作者コメント※

 『異世界トイレ』内でたびたび登場するであろう水運についての説明をします。

 例によって読み飛ばしても内容的には問題ないです。

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 さて、『異世界トイレ』で重要な位置づけにあるゲリべ川のモデルは、現実世界に存在するライン川とロワール川です。


 ライン川は中世から現代まで、ヨーロッパの重要な貿易路の一つです。ライン川はスイスのアルプスから北海に注ぐ長さ約1,200キロメートルの川で、ドイツ、フランス、オランダなどの国々を流れています。


 ライン川はローマ帝国の時代から交通と防衛の役割を果たしてきました。古代ローマ帝国はライン川の西岸に国境警備のためのケルンやマインツといった都市を建設し、これらが土台となって中世の都市になります。中世になるとライン川沿いの都市は独自の発展を遂げ、多様な文化や経済が生まれました。


 ライン川を使った貿易には、様々な種類の船が使われました。10世紀から12世紀にかけては、主に小型の平底船バージやハンザコグと言った背の高い帆船が使われました。


 これらの船は、川の流れに乗って下流に向かうことはできましたが、上流に向かうには人力や馬力で曳航えいこうする必要がありました。


 というのもヨーロッパではフランス南部ではミストラルと呼ばれる北風が吹き、ライン川流域では西から東に向かう偏西風が吹いています。


 ハンザコグや平底船がマストに装備しているのは一枚の四角帆です。

 この四角帆は向かい風では帆が機能しないという欠点がありました。

 つまり、いちど下流域にいってしまうと、自力で戻ることができないのです。


 ここで重要な役割を果たすのが地中海の諸勢力です。

 1277年に地中海の都市、ジェノヴァのガレー船が初めてジブラルタルを越え、ブルターニュ半島の突端を越えてベルギーのブリュージュに入港しました。


 それまで地中海とバルト海のふたつの海域は、内陸のルートを使って交易をしていました。ですが、航海技術の発展によりさらに長い距離を航行することが可能になり、内陸だけでなく、海でつながることも可能になったのです。


 そしてこれを可能にしたのが、地中海の船が使用していた三角帆です。


 三角帆は四角帆に比べると、風を推進力に変える効率が落ちます。ですが三角帆は向かい風でも船をジグザグに進ませることで風上に向かうことができました。


 三角帆によって、人類は自由に水の上を移動できるようになったのです。


 しかし、作中に登場したクサイアス号は四角帆です。

 ゲリべ川を下った後、この船はどうするのでしょうか?


 馬や牛で船を引くにしても、ゲリべ川の両岸は致死率十割森林です。

 ただでさえ風に逆らって船を運ぶのが大変なのに、獣人の襲撃もあります。

 こんな危険な流域で船を運ぶのを手伝ってくれる馬主はいないでしょう。


 この問題を解決するために作者が採用したのが、フランスに存在するロワール川の特性です。


 ロワール川はフランスを東西に流れる川で、大西洋に注ぎ込んでいます。南北を流れるライン川と異なり、東西に流れているロワール川はヨーロッパ全域に吹き込む西からの風、「偏西風」を利用できます。


 そのためロワール川は川を下った後、四角帆で遡ることができました。当時の帆船にとって、ロワール川は実に都合のいい川でした。ロワール川の流域は14世紀まで発展し、水運は河口のナントから上流にある、百年戦争の舞台にもなったオルレアンの発展を助けました。


 そこで作者は、ゲリべ川がこのロワール川の特性を持っていることにしました。


 ゲリべ川はベンデル帝国を東西に流れる川で、フンバルドルフが西に位置し、ドバーが東に位置します。そしてフンバルドルフの先には大西洋に匹敵する大きな海があります。


 ※補足※

 一般的に風というものは、大陸と海の昼夜の寒暖差によって生まれる空気の対流によって発生します。西に大海を置くことで、偏西風と同じ西からの風をこの世界に作ることができるのです。


 ドバーを出発した船は、川の流れに従ってフンバルドルフに行きます。そして、帰る時は後は帆を張ります。そうすれば西から吹いてくる風に乗って、そのままドバーに帰ることができるというわけです。


 さて、現実の世界と同じく、この『異世界トイレ』の世界でも、川と海を通してこれまでまったく縁のなかった遠い世界ともつながりができた時代です。


 つまりこの世界でも現実世界とまったく同じことが起きました。


 地中海世界と北ヨーロッパがひとつの海としてつながったとき。

 遠い世界からある贈り物がやってきました。


 そう……『伝染病』です。



※作者コメント※

ウソみたいだろう……

トイレの話なんだぜ、コレ。

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