最悪の攻撃


 最初、トイレの中からあふれる水は、ドアから少しづつ流れ出していた。


 しかし、東都が『防御アップ』を取ったことで、ドアはぴっちりと塞がれてしまった。


 ドアは水をいっさい逃さず、トイレの中に溜め込んでいる。


 そればかりか、『耐久アップ』をとってからグングンと水位があがっていった。

 いま水は天井近くまで来ている。


「ぼぼぼぼぼっ!!! トイレでッおぼぼぼぼぼ!!!」


(もう駄目だぁ……!! おしまいだぁ……!!)


 東都はトイレで溺死寸前となってしまった。


 薄れる意識の中で、彼は手を伸ばす。助けを求める想いがさせたのだろう。

 彼の手が、何かに触れた。


 トイレのドアだ。

 このままでは溺れてしまう。

 外に怪物がいようとも、開けるしか無い。


 東都が「開け」と念じてドアを開けると、金属板で補強されていたドアが開いた。

 そして――


<ドバァァァァァァァァァァッァ!!!!>


 トイレが開き、大量の水とともに東都は外に押し流された。


 そしてドアの前にいた獣人は、それに反応できなかった。

 彼は不幸にも、便器の中から飛び出した水流をモロに顔に受けた。


 トイレから放出された激流の圧力は、我慢に我慢を重ね、すでに鋼鉄の板をへこませるほどの圧力があった。


 殺人ウォシュレットは彼の首の骨へし折り、そのまま押し流してしまった。


 黒い森の中に虹が生える。

 それはトイレから吹き出す生命の息吹にかかったものだった。


「……………」


「こんなトイレがあるかあああああああああああ!!!!!」


 東都の絶叫が「致死率十割森林」に鳴り響いた。




 トイレから吹き出す水を背後に、東都は地面に倒れた「それ」を今一度見る。


「こいつは一体何だったんだ……」


 彼の前にいる怪物は、首が180度、後ろに曲がって即死している。

 だがそれでもなお、その瞳は燃える石炭のように光っていた。


「これはファンタジーとかでよく出てくる、獣人ってやつなのかな?」


 東都がたしなんでいるラノベやゲームでは、獣人と言えば可愛らしい女の子に動物の耳や尻尾が生えた存在だ。


 しかし、いま目の前にある存在は、それとは似ても似つかない。

 人とよりもむしろ動物の要素が強い、いや、強すぎる。

 獣が立ち上がって歩き始めた、というイメージの方が正しいだろう。


「あの女神め……この世界、あまりにもリアル系すぎるぞ!!」


 東都は舌打ちした。


(もっとソフトなファンタジー世界が良かったんだけどなぁ……たぶんだけど、この世界……ベ◯セルクとか……明らかにそっち系だ!!)


「クッ! 優しく清潔で、魔法とかなんとかがあって、キラめく甲冑に身を包んで、おいしい食べ物を味わいながら、きれいな風景を楽しむ、何不自由ない冒険をしたかったのに!!!」


 東都は、彼の言葉を耳にしたものに「それはそれでどうなの?」と言われそうな事を叫んだ。しかし、彼の叫びは黒い森の梢に吸い込まれ消えていく。


 実際のところ、彼の予感というのは、かなりの部分が正しかった。


 この世界は、東都の願望の対極にある世界だ。

 厳しく、不潔で、魔法はあるにはあるが、操作に失敗すればその場で爆死、あるいは発狂してしまう。


 食べ物は食べられれば良鋳物に分類される。

 そして、その後垂れ流すことがなければ「最高級の料理」だ。


 この世界は不潔で不健康なのが「普通」なのだ。

 こんな世界で、はたして彼は健康で文化的な生活が出来るのだろうか。


(――ふぅ、落ち着くんだ。すくなくともトイレはある)


 東都はようやく自分が絶望的な状況にある事に気づいた。

 しかしそれでも、まだ希望があることを、東都は自分に言い聞かせた。


 ――そう、少なくともトイレはここにある。

 これが僕にとって、何よりの希望だ。


 人間は口から入れたら出さなければならない。

 日常的に野生を解放野グソしていれば、人はいつしか野生に返る。

 あの獣人もそうして獣に戻ってしまったのかも知れない……。


 東都がそんな事を考えていた、その時だった。

 森の奥深くから、複数の蹄が地面を踏みしめる音が聞こえてきたのだ。


(げっ――またあの獣人間か!?)


 殺人ウォシュレットで首をへし折られた獣人は足に蹄を持っていた。

 あれの仲間ではないかと、東都は不安に身構えた。


「ト、トイレは――?!」


 東都は彼を護った聖域トイレを見るが、トイレはいまも勢いよく水を吹き出し続けていた。ゴウゴウと吹き出す水は森の地面に水たまりを作り、池になりそうな雰囲気だ。


「あのザマじゃ、中に隠れることは……」


 彼がトイレの中に隠れるためには、獣人の首をへし折ったあの激流と格闘して、扉を抑えないといけない。とてもではないが、今の東都の力ではできそうにない。


 東都はトイレに走り寄ってドアを閉じようと試みる。しかし、殺人ウォシュレットのパワーは凄まじく、暴走トラックか何かにドアを押されているようだった。


(だ、だめだ、このままじゃ……!)


 森の奥から鳴り響く蹄の音。

 それは大地よ砕けよとばかりに地面を打ち鳴らして、東都に迫ってくる。


 そしてついに、梢の奥から疾走する黒い影が飛び出してきた!!


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」




※作者コメント※

冒頭の野生解放がここで伏線として回収されたって……コトォ!?

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