異形の柱



 ★★★



「むぅ……あれは何だ?!」


 森の中、馬を進めるエルンストとコンスタンスの前に、その異形は現れた。


「大理石の、柱……か?」


 彼らの前には、シミひとつない純白の柱があった。

 そして柱は下の部分から勢いよく水を吹き出して、森の地面に池を作っている。

 ここまで生きてきて、二人はこんな物を見たことがなかった。

 

「エル、柱から水が吹いていますよ、それに側にいる者は何者でしょう」


「その呼び方は止めろ、むっ――ッ!」


「獣人の死体がありますね。まさか、あの者が?」


 エルンストとコンスタンスは、柱の近くの地面に仰向けになって倒れている死体に気づいた。立派な角と大きな蹄を持った獣人が、その首を向いてはいけない方向に向けて死んでいる。


(むぅ……角ぶりから察するに、かなり高位の獣人だ。)


「死体の角を見よ、あれはアンゴールだ。あの者が戦士には見えん」


「確かに……あれだけ立派な角なら、かなりの年月を生きているはず」


「うむ、数人で取り囲んで、槍で追い払いながら銃で撃ち、ようやく何とか出来る。それくらいの格に見えるぞ」


「ひょっとして、魔術師では?」


「……あの奇妙な柱を見れば、それもあり得るな。だとしてもさっぱり目的がわからん。慎重にいくぞ」


「えぇ」


★★★



「……ま、まさかあれって!」


 東都は目の前に現れた存在に対してひどく動揺していた。


 遠巻きに彼を見つめるのは獣人ではなく、馬に乗った二人の人間だった。彼らは鏡のように光る磨かれた甲冑を身に着け、腰には剣を帯び、馬の鞍には銃がある。


(き、騎士って……コトォ?! やったー……でも、やっべー!!)


 東都は内心で、喜びつつも焦っていた。


 ファンタジー世界なら必ず存在する騎士。

 それに出会えた喜びがあるのは確かだ。しかしこの状況が問題だった。


 東都にこの世界の文化、文明のレベルは分からない。

 だが、少なくとも自分がいた時代よりは古そうだ、という事はわかる。


 その場合、この世界の人々はとても迷信深い可能性がある。


 東都は学校で受けた歴史の授業で、古代や中世の迷信の話を聞いたことがある。


 日本なら祟り、中近世のヨーロッパなら悪魔信仰や魔女狩り。


 これらの迷信は、今の時代では鼻で笑われるような事だ。

 しかし、歴史上はそんな迷信が大事件に発展したことも昔は珍しくないのだ。


 ならば、記録に残らないような小さな事件は、どれだけあったことか。


(絶対マズイ。このクソトイレが殺人ウォシュレットから水を吹き出し続けている状態は非常にマズイぞ……下手をすると「この悪魔め!」なんて言われるんじゃ)


<ズシャ……ッ!>

<ズンッ……!>


「ヒィッ!」


 東都の背後では、トイレから水が吹き出して大きな音を立てている。それなのに、二人の騎士が馬から地面に降りる音が妙に彼の耳にひびいた。騎士たちは甲冑にぶら下がっている金属の板をバタバタと鳴らしながら彼に近づいてくる。


 そして、歩みを進める騎士の手には、しっかりと抜き身の剣が握られていた。


(ヒィーーー!!!! こ、殺される……?!!!)


 騎士が切りかかってくるのを想像して、へっぴり腰で後ずさる東都。

 しかし、あるところまで進んだ所で騎士たちの動きが止まった。


 森の中で対峙する東都と二人の騎士。


 彼らの動きが急に止まってしまったことに、東都は首を傾げた。


(あれ、突っ込んでこないな……なんでだろう?)


 突っ込んでこないどころか、騎士の動きには、明らかに内心の揺れ動きが感じ取れる。どうしたら良いのかわからない。東都にはそう見えた。


(……そうか! 「これ」のせいだな!!!)


 東都は地面のモノと、側にあるモノを交互にちらりと見た。


(トイレのそばに死体があるから、騎士たちはこれが危険なモノと勘違いしているんだな……いや、実際危険物だわ。どうしよう……)


「え、えーっと、これはトイレというものでして……」


「しゃ、しゃべった!!」


「気を抜くなコニー! 呪いの言葉かもしれんぞ!」


(確かにトイレは僕にとって呪いの言葉になりつつある……いや、そうじゃない。なんとかして誤解を解かないと。)


「えーっと……これはトイレといって、人が用を足すものでして、決して危険なものではありません」


「バカをいえ!! そこの死体は何だ!!!」


「めちゃくちゃ害があるじゃない!!!」


(ですよねぇぇぇぇぇぇぇ!!!)


「その、これは事故でして、あ、この人? お知り合いだったりします?」


「ハッ、まさか。アンゴールに知り合いなどおらん」


(ふむふむ、この角の生えた獣人は、アンゴールって呼ばれる種族なのか。騎士の態度から察すると、純粋に人類の敵と考えて良さそうかな?)


「す、すみません……」


 騎士と会話をすることで、少しづつ落ち着きを取り戻した東都。

 すると彼はあることに気がついた。


 騎士たちの頭上に、3桁の数字が浮かんでいるのだ。


 男性の騎士の数字は012。

 そして、女性の声が聞こえた騎士の数字は――085。


 一体この数字は何だろう?

 いぶかしむ東都だったが彼は「ハッ」とあることに気づいた。


 ステータス画面には、あれと同じように000から表記される3桁の数字があったからだ。


 そのステータスの名前は――「便意」




※作者コメント※

ヒント:薬草酢

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