森に響くファンファーレ
(あの女騎士の人、かなり『便意』が高まっているみたいだ)
東都は女騎士の頭の上に浮かんでいる3桁の数字を見た。
数字は、ゆっくりと数字が上がり続けている。
さっきまで85だったが、今は90に達して、まだ上がっていた。
(あれが100に達するとどうなるんだろう……ひょっとして、漏らすのでは? となると……これは「使える」な。)
この世界で野グソがどれだけ不名誉な行為なのか? 東都にはわからなかった。しかし、少なくとも褒められるものでは無いだろう、そう考えたようだ。
彼は彼女の便意を利用して、トイレの紹介を試みることにしたのだ。
「すみません、そちらのコニーという方……かなり苦しそうですが」
「……何ィ?」
「――なッ!!」
「用を足したかったら、こちらのトイレを使ってもよろしいですよ」
「馬鹿者、そんな水が吹き出しているもの、どうやって使うんだ!!」
「そうよ!! そんなところに座ったら、尻がもげるわよ!!」
(ですよねー!)
騎士の言い分はもっともだった。
水が吹き出し続けるトイレに座る事はできない。
「しばしお待ちを、今止めますので!」
トイレから吹き出す水を止めるため、彼はトイレの横に立った。
(まずはこの水を止めないといけない。普通に考えれば、ウォシュレットのボタンか何かがあるはずだけど……)
東都はトイレを見てみるが、椅子の肘掛けに相当するような部分には何もない。
そして、公衆トイレにありがちな壁かけ型のボタンもなかった。
(ボタンがない。ってことは、あとに残されている可能性は……そうか!)
「ウォシュレット、一番弱くして」
東都がトイレに向かってささやくと、天を目指す龍のように荒れ狂っていた水流が、草むらに潜む蛇のように大人しくなった。
あれだけ暴れていた水流は影も形もない。
今は頼りなくチョロチョロと便器の中を動き回っていた。
「そういえば、僕はトイレの中で水を止めろって一言も言ってなかったな……むしろその逆、
東都がそうつぶやくと、ウォシュレットの水流は再び光線のようにまっすぐ飛び出し、空に見事なアーチを描いた。
「おい! 止まってないぞ!!」
「すみません! 故障がないか調べてるんです!」
「どう見ても壊れてると思うが……」
「そうよね」
ウォシュレットの水流は、東都の声に応じるようだった。
(これはいくら何でも危なすぎるな。一時的に機能を止められないか?)
「ウォシュレット、機能封印」
東都がそう言うと、トイレの水がスン……と止まった。
ふたたび東都が「ウォシュレット普通で」と言っても、水は出ない。
(どうやらトイレの機能は、部分的に一時停止させることが可能みたいだ。なんだろう、このシステムを作ったやつ、賢いのかアホなのか分からないぞ……)
何はともあれ、水は止まった。
トイレの暴走が止まったことに安心したのか、東都は深く息を吐いた。
(おっと、女の人が人前でトイレを使うなら「アレ」が必要なはずだ)
東都は残り20TPになったトイレポイントで「◯姫」を装備させることにした。
これは「トイレ用擬音装置」という物で、排便の音をより大きな音で隠すことを目的とした装置だ。
実際、日本では排便音に対する強い羞恥心がある。排便音を隠すため、流すものがないのに水を流すという行為が平然と行われていた。
これにより、公衆トイレにおいては無視できないレベルの水資源の浪費、また、下水道システムへの過大な負担が発生し、問題となっていた。
ここで動いたのが、日本が世界に誇る企業――T●T●だ。
人類がウンコをする限り潰れないこの企業は、排便に対して並々ならぬ情熱を持っていた。彼らはこの問題に気づくと、すぐさま解決に乗り出したのだ。
開発者たちは、使用者が排便音を隠すために水を流すのであれば、水の音を再現すれば良いと考えた。そこで生まれたのが「擬音装置」だ。
開発当初、擬音装置は最大130dbの爆音が出せるように開発されていた。
爆音は排便音を完全に無力化した。しかし、プロトタイプのテストの結果、悪寒、発汗、手足の震え、脳出血、多臓器不全といった問題を引き起こした。
そのため製品版仕様では、◯姫の音量は76dbに調整された。
この音の大きさは、セミが両耳について鳴く程度の、ささやかな音だ。
そして販売された◯姫だが、その能力は凄まじかった。
T●T●の試算によると、女性400人のオフィスで節約できる水量は年間約551万L、節約できる水道料金は年間約386万円と発表している。
まさに科学の勝利と言えよう。
まったくの余談だが、開発段階の◯姫は、米国の国防高等研究計画局、通称「DARPA」の興味を引き、プロトタイプは音波兵器「LRAD」として実用化された。◯姫は兵器に姿を変え、アメリカの国防の一翼を
参考文献
東塔大学出版刊『トイレに響く歌声――◯姫秘話』より。
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「これでよし、と」
(僕はトイレに新たに◯姫を装備した。これであの騎士も、安心して僕らの前で用が足せるだろう)
東都が付けた◯姫からは、爽やかな川のせせらぎと、明るい鳥の歌声が聞こえてくる。まったくトイレの中とは思えない大森林の中のようだ。
「水が止まりました。トイレが使えますよ!」
「どうするコニー。なんかめちゃくちゃ怪しいぞ」
「だけどエル……私もう限界なの」
「何……だと?」
「あの薬師から勝った『盗賊の酢』を飲んでから、お腹の様子がおかしいのよ!」
「まさか……腹を壊したのか?!」
「そう、それにあの魔術師、あいつ、私の便意を読んだわ……」
「女が便意とか言うな」
「ごめん、でも、もう限界。あれがトイレなら使わせてもらうわ!!」
「まてコニー! 危険だ!!」
コニーは東都の前を風のように通り過ぎると、純白のトイレに入ってドアを閉めた。すると――
<パパパパパーン!!! パパパパパーン!!!>
大音量のファンファーレが森の中に鳴り響いた。
それは、今から行われる人類の営為を祝福するかのようだった。
無数の金管が奏でる
「できるかああああああああああ!!!!」
※作者コメント※
地の文サン、ツッコミどころか完全なボケになってるな……(
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