『異世界トイレ』のちょっと難しい話。~公衆衛生~


 異世界トイレで重要な概念になる(たぶん)「公衆衛生」の説明をします。

 あ、読み飛ばしても内容的には問題ないです


 さて、公衆衛生と感染症は、切り離せない関係にあります。


 まず、感染症の伝染性を発見したのは、イスラーム世界を代表する医学者でサーマーン朝出身のイブン・スィーナーです。「医学典範」(1020年)において隔離が感染症の拡大を止めること、体液が何らかの天然物によって汚染されることで感染性を獲得することを記述しています。ただし、その物質が病気の直接原因になるとは考えていなかったようです。


 公衆衛生が科学的な裏付けを持って世界に浸透していくのは、顕微鏡が開発されてかれ、細菌が発見されたより後の時代になっていきます。


 しかし、こういった科学的な裏付けが発見される以前でも、感染症の存在に気づいた人たちがいました。人口の増加に伴い、都市部で病気が流行するのは明らかだったからです。そして「これってヤバない?」という感覚は、人々に行動を起こさせます。


 多くの人たちが集まって生活することから生ずる有害な現象、つまり病気や公害に対する問題意識から、現実世界の公衆衛生は始まります。


 公衆衛生の概念の父はヨーゼフ2世の侍医、ペータ・フランクと言われています。彼は人々の健康課題は人々の「あやまち」によるものではない。社会にある疾病は、無知と貧困を背景として人々が巻き込まれることによっておこる。だから公的な医師の関与が必要であると主張しました。社会が人々の健康のために働きかける。この主張にこそ人類の社会医学、公衆衛生の原点があります。


 ここで重要になるのは、彼が提唱した公衆衛生のコンセプトです。

 それは「すべての人に対する医療」であったということです。


 このコンセプトをきちんとした「制度」として実行したのは、イギリスになります。それをしたのはイギリスの行政官のエドウィン・チャドウィックです。


 彼は救貧法と下水道、そして公衆衛生の改革で知られている人物です。


 チャドウィックは、救貧法の対象となる労働者の処遇を、一般労働者の生活より劣悪なものとする「劣等処遇の原則」の理念に立ち、1834年に救貧法の改正を行いました。これは過酷な労働環境で失業した労働者が、救貧法に依存することを防ぐ事を目指しましたものです。


 どういうことかというと、工場生産が進んで労働力の確保が問題となったイギリスでは、労働者が軽い病気になっても、安易にニートになることを許さないということです。いやー当時のイギリスって本当にひでぇ時代ですね。


 チャドウィックがこうした救貧政策を厳しく進めていくと、当然のことながら、救貧法の対象になる人たちは、ガチの病人が残ります。


 しかし、ここでチャドウィックは言います。


「このチャドウィック――病人にも容赦せん!!!」


 彼は1842年に「第英国の労働人口の衛生状態」いわゆる衛生報告を発表します。

 ここで彼は行政の力を使い、イギリスの全国的な労働人口の衛生状態の調査を行ったのですが、ここで以下のようなことを述べます。


『さまざまな形の流行病、風土病、その他の疾患が、独立した住宅であれ、田舎の村であれ、小さな町であれ、より大きな町であれ、首都の最も低地で蔓延しているのがみられるのと同様に、王国のあらゆる場所の住民の中にはびこっている』


 ここで重要なのは、すべての場所で病気がはびこっている、ということです。

 チャドウィックは「イギリス\(^o^)/オワッテタ」と気づいたのです。


 チャドウィックはさらに続けます。


『雇用や賃金また種々の豊かな食料品の高度な繁栄も、労働者階層の人たちに流行病の攻撃に対する免疫を与えるものではない。商業上や工業上の繁栄の時期にあっても、他の時期と同様の発生頻度であり、同様に致命的なものである』


 これはつまり、高度に経済が繁栄して良い栄養を取れていても、流行病から身を守ることはできない、ということです。


 これは今、現実で起きているのでわかりやすいですね。


 感染症に対しては、特定の対策よりも、あらゆる地域の貧しい人も豊かな人も含め、すべての人たちを対象にした予防の体制を構築せざるを得ないわけです。


 すべての場所に病が存在するなら、すべての場所に何かしらの手をうたなければならない。チャドウィックはそう結論したのです。


 そして、この全数対応は思った以上の効果を見せます。

 人だけではなく、政治も健康にしたのです。


 というのも、それまでイギリスではそれぞれの地方自治体が好き勝手な対応をしていました。しかし全数対応となると話が変わってきます。


 もちろん、自治体の実情に応じた対応が必要なのは当然なのですが、当時はそれ以前のドチャクソひどいレベルでした。


 まず同じことを同じ方法で出来ませんし、自治体が変われば同じ役職の職員がいませんし、手続きの名前も違います。


 同じことを別々の名前で呼び、違うことを同じ名前で読んでいたわけです。

 まるで正気とは思えませんが、本当なんです。


 全国対応するにも、その前に大変な無駄があったわけです。


 公衆衛生が持つ重要な本質とは、単純に予防注射をしたり、うがいをしようと呼びかけることではありません。


 

 この能力を社会にもたらすことが公衆衛生の重要な権能なのです。



※作者コメント※

トイレとか何とか言ってるのに

この作者、急に正気に戻るな・・・

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