ウェンディゴ

「糞喰い……ですか?」


「コニー、どういう怪物なのかわかるか?」


「何で私に……まぁ、知らないわけではないけど」


(おぉ、流石コニーさん。この手の話にはめっぽう強いな)


「ウェンディゴは『雪風と歩くもの』の異名を持つ精霊ですわ。一人旅をする旅人に闇夜から語りかけ、その恐怖で心を砕いて旅人の体に取りくとか……」


「と、取り憑かれた旅人はどうなるんだ?」


「ウェンディゴに取り憑かれた人は、体が内側から凍えるようになって、その寒さを癒やすために暖かい人の血肉を求めるようになるというわね」


「つまり……人を食べるようになるってコト?!」


「えぇ。ウェンディゴに取り憑かれた人間は人食いになるそうですわ」


「しかしコニー、オーラン殿は『糞喰い』といっていたぞ。人食いではないのか?」


「そういえばそうですね。オーランさん、これはどういうことなんですか?」


「うんむ……たしかにウェンディゴは、そこのべっぴんさんがいうような精霊だよ。だども、オラたちの村を襲っているウェンディゴはちっとちがうンだ」


「ちょっと違う? 何が違うんですか」


 東都の疑問に対し、オーランはすぐに答えを返さなかった。

 腕を組み、何ごとかを考えるようにしている。


(伝えていいものか悩んでいる……ってところかな? なら――)


「オーランさん、教えてください! どんな話でもかまいません」


「…………」


 オーランはだまってしまって、何も答えてくれない。

 凍えるような寒さのトイレは静けさに包まれる。

 しかし、東都はそれでも彼に向かって熱く語り続けた。


「ウェンディゴを倒すためには情報が必要です。協力したいんです!」


「……そこまでいうなら仕方ねぇ。ウェンディゴは村の衆がトイレに入ってるとこを狙ってくるンだ。それでついたあだ名が『糞喰い』よ」


「あ、流石にウンコを食べるわけじゃないんだ」


「ウンコ食べる怪物とか、怪物がすぎンだろ」


「確かに。」


「ふむ……トイレの時を? そうか、トイレに入る時は大体1人になる。その瞬間を狙われるということですね」


「んだ。かがんでケツを出してる時にウェンディゴに襲われたら、どんな豪傑ごうけつだって敵いっこねぇ」


「生まれついての闘士であるオークが、ウェンディゴに不覚を取るのは考えづらいとおもっていましたが、そういう理由があったのですわね」


「なるほど、それで『糞食い』という名前をつけたんですか」


 オーランは東都に向かって深くうなずいた。


「糞喰いは夜トイレに入っている時、後ろから襲ってくるンだ。もし生き延びたとしても、背中の傷は戦士の恥だ。ウェンディゴに襲われたら、命があろうとなかろうと、どのみちオークとしてはやっていけねぇ」


 オーランは喉の奥でうなり、暗い表情になった。


「きっと、精霊様のバチが当たったんだ。オラたちが漁ばっかりして、戦士としての生き方を忘れかけてるから、精霊さまがお怒りなんだ」


「コニーさん、背中の傷ってそんなにマズいんですか……?」


「トート様、戦場において背中の傷はどういった時につくと思います」


「えーっと……不意打ちされた時とか、逃げる時? あっ――」


「その通りですわ。武勇をたっとぶオークにとって、背中の傷は何より恥じるべきもの。彼らにとってウェンディゴは大きな脅威なのでしょう」


(なるほど。このウェンディゴの襲撃はオークの文化的にも大事件なのか)


「オークの村が抱えている問題の事情が、だいたい飲み込めてきましたね。たしかにこれを解決しない限り、オークさんは僕らに手を貸すどころじゃありませんね」


「えぇ。まずはウェンディゴを退治しないといけませんわね」


「おめたち、ここまで聞いてもやるってのか?」


「もちろんです。それがトート様の――我らの使命ですから」


「ですが、討伐するにしても、ウェンディゴの情報がまだ足りないですね。僕たちに今わかっているのは、夜にトイレに入ると襲ってくるということだけです」


「はい。もっと情報が必要ですわ」


「オーランさん、糞喰いウェンディゴに襲われたけど生き残った人がいませんか?」


「いねぇこともねぇが……」


「なにか問題があるんですか?」


「トート様、ウェンディゴの襲撃を生き残ったということは背中に傷を負ったということです。そうなると人前には出づらいでしょうね」


「あっ、そうでした。生き残った人から話を聞き出すのは難しいか……」


「うんむ。どいつも背中の傷のことは、あまり話したがらねぇだろうな」


「いえ、待ってくださいオーランさん。僕たちは人間です。同族であるオーランさんが聞くよりは、僕らが聞いたほうが話しやすいかもしれません。ウェンディゴのことを聞いて見る価値はあるとおもいます」


「……ふむ、そんならオラもいくぞ。ウェンディゴの問題はオラたちの問題だ。よそ者だけに任せて、おろそかにはできねぇ」


 かたくなだったオーランは、そういって東都たちに協力を願い出た。

 背中の傷は、オークの文化においてタブーだ。

 となると、ウェンディゴに対する彼らの憎しみはどれほどのものだろう。


「オーランさん、ありがとうございます」


 そんなオーランの心情を察したのだろう。

 東都は彼の申し出を受け入れ、オーランに向かって手を差し出した。


 白く滑らかな手に、ゴツゴツした戦士の手が重なった。




※作者コメント※

察した方もいるかも知れませんが

オーク編はウィッチャー回です。

フフ、ウィッチャー3、好きなもので……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る