事情聴取

「おう、ついたぞ」


「ここがそうですか」


 東都たちは、ウェンディゴに襲われたという村人の小屋の前にいた。

 オーランに案内された小屋の前は、どこか重苦しい雰囲気をしている。


 風よけだろうか、小屋の入り口には毛皮が吊られていた。

 それは雪に覆われた地面と鉛色の空とをつなぎ、不穏な身じろぎを続けていた。


 半端に扉を隠していた風よけをおしのけ、東都は小屋の戸を叩く。

 しかし、中から返事はない。

 扉を叩く音は、しんしんと積もる雪に吸い込まれていった。


「オーランさん、この小屋に住むオークさんの名前は?」


「ホラレーだ。オークの中のオークだったが、すっかり塞ぎ込んじまってな」


「ホ、ホラレーさんですか……」


(そらそんな名前だったらふさぎ込むわ! ホラレーさんは後ろから襲われたんですねとか、すっごい言いづらいぞ!! 何をどう考えても下ネタじゃね―か!!)


「ホラレー……『後ろに立つものなし』というオークの古語ですね」


「なるほど。こうして塞ぎ込むわけだ」


(もう名前も由来も全てがフリとしか思えないんですが???)


 異世界の言語の微妙な差異に東都は困惑する。

 これではまるで、笑ってはいけない怪物退治だ。


 しかし、扉の前でこうしていても仕方がない。

 観念した東都は、かたく閉ざされた扉をたたいて彼の名を呼んだ。


「ホラレーさん、話があります! ウェンディゴに襲われたときのことを教えて欲しいんです。ウェンディゴを退治するために、情報が必要なんです!!」


 東都は扉越しにそう訴えかける。

 すると、扉の向こうから殴りつけるような怒鳴り声が返ってきた。


『帰れ! よそモンに話すことは何もねぇ!!』


 まるで猛犬がえたてるような、野太い胴間声どうまごえだった。


 東都が何か言おうとしていると、ドアの裏に何かが当たってドンと音を立てる。

 どうやら癇癪かんしゃくを起こし、家の中のものを扉に投げつけたらしい。


「トート様、さすがにこの有様では……」


「落ち着いてもらわないと、話を聞くどころではないわね」


「いえ、待ってください……もうちょっとだけ」


 エルとコニーはあきらめを口にしたが、東都はへこたれない。

 辛抱強くホラレーに語りかけ続けた。


「ホラレーさん、落ち着いて聞いてください。僕はこの村のウェンディゴの問題を解決したいんです。それには襲撃から生き延びたあなたの話が必要なんです」


『何も話すことはねぇっていってるだろ!!』


「こらいかん。ホラレーの話を聞くンは無理そうだンべ」


「かなり荒れてますね」


「ホラレーさんが後ろから襲われて傷を負ったというのは聞きました。それがどこまでつらいのかはわかりません。僕はオークでなくて、人間ですから……」


『……クソッ、オーランのやつが話したんだな!? ど畜生め!』


 小屋の中で何かが割れる音が聞こえた。

 相当に気が荒れているようだ。


(優しい言葉は逆効果か。押してダメなら……よし)


「困りましたね……ウェンディゴのことを話す勇気はないんですね。オーランさんが言ったとおりですね。すっかり牙が折れてしまったと」


「えっ、そんなこといってないだよ」


『なんだと……? オーランの野郎、ぶっ殺してやる!!』


「ちょ、ちょちょちょ?!」


「ナチュラルに発言を捏造ねつぞうして、オーランさんに罪を押し付けましたね」

「さすがトート様、策士だわ」

「策士というか詐欺師でねぇか?」


「出てきたくないと言うなら、そのまま出てこなくて結構です。無理に協力してもらってもとくに意味は無い――と、オーランさんが言ってます」


「おいぃ?!」


『……この野郎、バカにしやがって!』


 ドタバタと音がして、小屋の扉が勢いよく開く。

 すると小屋の中から緑色の肌を真っ赤にした、威風堂々としたオークが現れた。


 その剛健な肉体は、さながら筋肉の大山脈だ。

 もやしっ子の東都とは、比べ物にならないほどに立派な体をしている。

 その体格差を例えるなら、マッチ棒と電柱くらいの差があった。


「てめぇか……」


 口から火山の噴煙のような白い息をもらしながら、ホラレーは東都をにらむ。

 しかし、一方の東都はひょうひょうとした表情で微笑んだ。


「ようやく出てきてくれましたね。ホラレーさん」


「……ッ!!」


 そうか、これがこいつの目的だったのか。

 東都の挑発の意図を悟ったホラレーはすっかり毒気を抜かれたようだ。

 猛獣を思わせる笑みを浮かべると、咳をするように笑った。


「チッ、気に食わねぇ野郎だ。だがその根性は買う……中にぇんな」


「どうも」


 のしのしと歩いて、ホラレーは小屋の中に戻っていった。

 するとエルやコニー、そしてオーランからも「ふぅ」と安堵の息が漏れた。


「さすがトート様。あのホラレーを前に堂々としていましたね」

「流石は龍神。すさまじい胆力だわ……」


「は、はは……」


(思った以上にこえぇぇぇぇぇ?!)


 トートは別に堂々としていたわけではない。

 恐怖で体の筋肉から神経の奥まで凍りつき、動けなくなっただけだ。

 そして微笑みに見えたのも、顔が引きつっただけだった。


「早く入ぇってこい!! 扉が開いたままだと寒いだろが!!」


「は、はいッ!!」


(……さっさとウェンディゴの話だけして帰ろう。うん、それがいい)




※作者コメント※

おや、おもったよりシリアスさんの息が長い(当社比

これは、シナリオ終了まで生存いけるか……!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る