ウェンディゴの行方
※作者コメント※
今回、重要なヒントには「・・」傍点をふっています。
動画なら逆転裁判の効果音をつけたかった……
ーーーーーー
「さて……どっから話したもんか」
小屋の奥にどっしりと腰を下ろしたホラレーが喉の奥で
いきなり説明しろといわれても、整理の時間が必要だろう。
東都はゆっくりとひとつひとつ思い出すようにホラレーに促した。
「……あれは1週間ばかり前になるか。びゅうびゅうと音を立てて、雪が横殴りに振ってくる吹雪の夜だった。俺は村のトイレにいったんだ」
「ホラレーさん、その時、外の様子に妙な事はありませんでしたか?」
「うーむ……とくには――いや、まてよ」
腕を組んだホラレーは、目を閉じてしばしの間黙考する。
おそらく、当時のことを思い出しているのだろう。
「風がやたらに鳴いていた気がする。頭ン中に響くようだった」
(風が鳴く……?)
「というと、風の音が大きかったということですか?」
「あー、なんちゅうか……説明が難しいな。大きいっていうより、近かったっていうほうがしっくり来るな。耳元で風がわめき立てるような感じだ」
「つまり、吹雪の音が普段と違ったんですね?」
「そうだな。今思えば、たしかに吹雪の音が奇妙だった」
最初の手がかりらしいものが得られた。
エルは取り出していた蝋板に、ホラレ―とトートの発言を書きとめる。
「それでトイレに入った俺は、便座につく前にランタンで中を照らしたんだ」
「どうしてそんな事を?」
「夜暗い中、うかつに尻を下ろしてみろ。ケツに
「あー……アレかぁ……」
つまり、ホラレーはバベルの塔のことをいっているのだ。
人々がトイレを使うと、積み上がったものが自然とバベル化する。
トイレに入ってすぐにポジショニングするとどうなるか。
我慢して限界ギリギリでトイレに入ったとしても、常にバベルの高さに目を光らせてないといけないのだ。
オークのトイレ事情は、なんと過酷なのだろう。
うっかり者による「事故」の光景を想像した東都は、思わず
「なんて恐ろしい環境だ……」
「まさしく修羅の国ですわ」
「オークのような戦士でなければ、とても耐えられないでしょう」
東都たちのそうした畏怖に、オーランとホラレーは満足げにうなずいている。
ほめられているのはトイレの話なのだが、それでいいのだろうか。
とにかく、ホラレ―は当時の話を続ける。
「そんでまぁ、ランタンを持ち上げるとデっけぇのがあるでねぇか。オレは鉄棒を取って、そいつを崩しにかかったのよ」
「ホラレーさんはトイレに入り、用を足す前に、バベルを崩したわけですね。その時に何か違和感はなかったですか?」
「うーん……」
「声や物音、棒、窓、床、バベル。なんでもいいです。思い出してください」
当時の出来事に関係しそうな言葉を、東都は思いつく限り口にする。
これは彼の記憶を掘り起こすための手助けだった。
(ホラレーさんは、事件があったのは一週間前といっていた。そうなると記憶はだいぶ
「……ん、待てよ。そういえば――」
「何か気づかれましたか?」
「鉄の棒を手に取った時、手にくっつかなかったな。そのときはうっかりしてたんだが、普通は手にくっついて、温めないと取れねぇもんだ」
「
「おう、そうなるな」
「それは確かに奇妙ですね。棒を使った人がいるなら、バベルを崩しているはず。オーランさん、1回でバベルができることってありますか?」
「考えづらいな。フツーは何回かしないとできないはずだべ」
(鉄棒を使ったのに、バベルを崩さなかった? 何か気になるな……)
トートがエルに目配せすると、彼は蝋板にこのことを書き込んだ。
「それで、ホラレーさんはバベルを崩したわけですね?」
「あぁ。鉄の棒の先を突っ込んで崩した。ああクソッ思い出した」
「どうしました?」
「いや、砕いた時に飛んだ破片が、オレの毛皮に引っ付いたんだ」
(うわぁ……ばっちいなぁ)
「うんむ。これがあるから、バベルを砕くのをなまけるヤツがいるンだ。部屋に戻ると欠片が溶けて、そりゃひでぇ匂いがするからなぁ」
「ふむ、ホラレーさんの前にトイレに入って、鉄棒を使った人はわかりますか?」
「いや、誰がトイレに入ったかなんて、いちいち確かめてねぇな」
「ですよね。誰が鉄の棒を使ったかは、何に使ったか分からずじまいか……」
「つづけていいか?」
「あっはい、どうぞ。」
「バベルを崩した俺は穴にまたがった。そんで力もうとした瞬間だった。背中から何かが近寄ってきたかと思ったら、
「トイレをしようとした瞬間に襲われたんですね。ホラレーさんは、後ろから襲われた時にウェンディゴの姿を見ましたか?」
「それが見てねぇンだ。後ろから襲われて前のめりに倒れたせいで、ウェンディゴの姿はちゃんと見えなかったンだ。だけど逃げていく後ろ姿だけは見えた」
「ウェンディゴはどんな姿でしたか?」
「あれは……なんとも言えねぇな。背中に白い毛が生えていて、そこから見える手足は妙に細くて、腐った肉みてぇな黒ずんだ色をしてた」
(ふむ……どうやら
「ホラレーさん。その時に着ていた毛皮はどこにありますか?」
「捨てようかと思ったんだが、ほれ、そこ吊るしてある」
ホラレーは石すら噛み砕けそうな大きなアゴで、小屋の中を指し示す。
すると丸太の壁に、ズタズタになった毛皮のマントが吊るされていた。
「ちょっと見てもいいですか?」
「おう」
すっくと立ち上がった東都は、毛皮のマントに近寄る。
ばっちぃのを嫌がった彼は、オーランに指図してマントを広げさせた。
梅干しのような凄まじいしかめっ面で、オーランはマントを広げる。
しかし東都は素知らぬ顔でマントの傷を調査し始めた。
(なるほど。確かに大きな傷がついているな。)
毛皮には大きな傷があり、その周囲は赤黒く染まっていた。
その厚さは3センチほどあるだろうか。毛皮はかなり分厚い。
しかし、傷は毛皮を完全に貫通し、右上から左下へ背中を横断していた。
これでよく生きているものだと、東都は感心すら覚えた。
(妙だな、バベルの
毛皮に血がついているということは、まだ洗っていないはず。
しかし、毛皮からは血糊の鉄錆の臭いしかしなかった。
(ふむ、これはまさか……)
「オーランさん、当日、村の門はどうなっていました?」
「ん、村の門は夜になったら必ず閉める。門番もそれは見てるべ」
「ふむ……村の外に足跡か何かは残ってませんでしたか?」
「いや、とくにそンなものはなかっただよ。その日は吹雪いていたしなぁ……」
(襲撃に吹雪の日を選んだのは
「ウェンディゴが隠れられそうな洞窟や森は近くにありますか?」
「うーむ……このへんにはねぇな。だいぶ南へ行かねぇと森は無ぇし……」
「それに、洞窟もないのではないですか?」
オーランの説明にエルが続く。
彼のその指摘に、オーランは調子の外れた声を出した。
「へ、お前さん、何でそんなことを知ってるんだ?」
「以前、帝国の博物誌で黒曜氷河についての記述を読んだことがありまして」
「おお、さすがエルさん。コニーさんとはえらい違いだ」
「黒曜氷河は洞窟ができるような地質ではないのです。トート様も周囲の尖った黒曜をご覧になったでしょう?」
「あっ、そういえば。村の外には槍みたいに尖った黒い石が並んでましたね」
「ええ。黒曜はガラスのような性質があり、すぐ割れてしまうので洞窟のような空間ができにくいのです。もっぱらゴロゴロとした岩の転がる荒野になりがちです」
「となると、村の外に身を隠せる場所はなかなか無い、ってことになりますね?」
「はい、そうなるとおもいます。しかし、身を隠す場所がなかなかないとすると、野外で生存するのはかなり難しいはずです」
「んむ。村の外にでたら、水辺の魚の他に生き物を見ることはまず無ぇな」
「門は閉ざされ、外で生き抜くのは困難……か。そして村の門は閉ざされていた。いってみれば、この村は完全な密室だったということですね」
「ここまでの情報を考えると、そうなりますね」
「ウェンディゴは一体どうやってやってきたのかしら……」
東都の中でいくつもの点がつながり始める。
そして彼はある可能性に気がついた。
(……そもそも、本当にウェンディゴは外からやってきたのか?)
「あの、これはあくまでも可能性の話なんですけど……」
そう言ってトートが片手を上げると、小屋の中にいる全員の視線が集まった。
期待と不安の混じった重苦しい雰囲気の中、東都は推理を口にした。
「ウェンディゴは足跡を隠すために吹雪を利用したのではなくて、足跡が無いのを隠すために吹雪を利用したのではないでしょうか?」
「待ってくださいトート様、それってつまり……」
「はい。ウェンディゴはこの村の中にいるということです」
小屋の中に静寂が流れる。
どさり、と雪が落ちた。
・
・
・
※作者コメント※
おかしい……トイレの話だったのに、本格ミステリーが始まったぞ?
トイレがなかったらジャンルが迷子になるところだったぜ…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます