2つの謎


「暗くなってしまう前に、急いで小屋に戻りましょう」

「えぇ」


 日没で暗くなる前に、東都たちは急いで小屋に戻った。

 なにしろ不慣れな村の中だ。

 暗くなってしまえば、自分の小屋と雪の塊の区別もつかなくなる。


 小屋に入った東都は、急いで体についた雪を落としにかかった。

 雪は小屋の空気で温められるとすぐ水になる。

 早く落とさないと、雨に濡れたようにずぶ濡れになってしまうのだ。


 東都は足元の雪をはたき落とし、靴下を脱ぐ。

 すると、彼の素足は寒さのせいで真っ赤になっていた。

 東都が暖気に足をさらすと、かゆみと共に不健康そうな快感を感じた。


「ようやく落ち着けましたね」


 小屋にある毛皮のソファに腰掛けて、東都は一息つく。

 すると、向かいの座布団に座ったエルが、ある疑問を彼に投げかけた。


「トート様、まだ解けていないウェンディゴの謎というのは?」


「私も気になりますわ。いったいどんな謎が残っていますの?」


「僕たちはホラレーさんからウェンディゴの襲撃の話を聞きました。けど……わからなかった謎が2つあります」


「それはなんです?」


「1つ目の謎は、ホラレーさんが襲撃された日に着ていたという毛皮です」


「毛皮ですか? 特に妙なところはなかったようですが……」


「ホラレーさんはウェンディゴに襲われた時、トイレに入ってバベルを崩したと言っていました。そしてその時バベルの破片がついたと……それなら毛皮から異臭がしてもおかしくないのに、あの毛皮からそんな臭いはしませんでした」


「では、ホラレー殿がウソを言っていると?」


「それはないと思うわ。バベルのことを黙っておけば良いだけの話だもの」


「あ、そうか……」


「そして2つ目の謎は、バベルを崩そうとした時に、鉄棒が冷えてなかったという話ですね。いったい鉄棒を何に使ったのか……それがわかりません」


「普通に考えれば、バベルを崩すのに使ったのでは?」


「でも、ホラレーがトイレに入った時に、すでにバベルは出来てたんでしょ?」


「そうなんですよね……誰かが鉄棒を使って崩したのだとしたら、バベルが残っていたのはおかしいです。一体何に使ったのか……」


「「うーむ……」」


 トートたち3人は車座になってうなる。

 するとコニーがふと、あることを言いだした。


「もしかしたら……バベルはおとりじゃないかしら?」


「囮?」


「トイレへ行く時、オークは限界まで我慢する。たしかそうでしたわね?」


「オーラン殿はそう言っていたな。この極寒の世界では、トイレが命取りになる。だから限界まで我慢して一気に放出するという話だった」


「そうなるとウェンディゴには都合が悪いですね。オークを後ろから不意打ちしたいのに、トイレをすぐ済ませて振り返る。……襲うリスクが大きすぎます」


「そう、オークがトイレで背中を向けている時間は短い。ということは、その時間をどうにかして長くする必要がウェンディゴにあるわけですわ」


 その時、東都の脳裏に電流が走る。

 無いのなら、やるべきことはひとつしか無い。


「――そうか、わかったぞ!」


「トート様、どういうことです?」


「ウェンディゴはオークが背中を向けている時間を長くする必要があります。そこで方法として取ったのが『バベルを崩させる』ということだったんですよ」


「崩させる……ハッ! いくらウェンディゴが頑張っても、オークがウンーコする時間をのばすことはできない。だから『出す前』をのばすことにしたのかッ!」


「そのとおりです。いくらオークの怪力でも、カチコチになったバベルを崩すのには時間がかかります。オークがバベルを崩している間に奇襲をかければ……」


「なるほど、絶対に勝てますね」


「えぇ。ですけど、そう都合よくトイレにバベルがあるとは限りません。バベルには時間と努力(?)が必要になりますから。ならばどうするか――」


「無ければ『作ればいい』と、いうわけですね?」


「きっとウェンディゴは雪を溶かした水か何かを使って、ニセのバベルを作り出したんでしょう。毛皮にウンーコやオーシッコの臭いがなかったのはそのせいです」


「証拠がないのが証拠になった……か。何か皮肉めいたモノを感じますね」


「ともかく、1つ目の謎は解けましたわね」


「氷だけに跡形もなくな」


「あら、うまいこといったつもり?」


「ということは、2つ目の謎も解けたのではないですか? トイレにあった鉄棒が暖かかったのは、ウェンディゴがバベルを作る際に使ったためでしょう」


「その可能性が高そうよね」


 コニーはエルの推理に同意したが、一方の東都は腕を組んでうなっている。

 どうやら、エルの推理に何か思うところがあるようだ。


「うーん……確かにそう考えるのが自然なんですが……」


「トート様、すこし気にしすぎではないでしょうか?」


「鉄棒をバベルを作るのに使った。たしかにそう考えるのが自然なんですが、ちょっと引っかかる部分もあるんですよね」


「ひっかかる部分?」


(ウェンディゴはゲームなんかだと氷雪をつかさどる精霊だ。だとすると鉄棒を温めるどころか、逆に凍りつかせるはず。それなのに暖かかったというのはなにか引っかかる……でも、ゲームやラノベを持ち出して変とは言えないよなぁ……)


「いえ、お2人の意見が正しいかもしれません。忘れてください」


「そうですか……」


 話し込んでいると、いつの間にか風の音が変わっていた。

 小屋に吹き付ける風に雪が混じり、ごうごうと音を立てている。

 今夜もウェンディゴが出るのだろうか。

 そんな不安を感じながらも、東都はいつの間にか眠りについていた。





※作者コメント※

本格的な謎解きに見せかけて

話しているのはウンコタワーの話である…。

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