反撃の時

「ん、この匂いは……」


 東都はふと、鼻をくすぐるいその香りで目を覚ました。


 床に残る寒さに震えながら、彼は体を起き上がらせる。

 そうすると、東都はにぶい痛みを感じて顔をしかめた。


 小屋にベッドはなかったため、毛皮を重ねて雑魚寝していた。

 だが、いくら毛皮を重ねても床の硬さはなかなか誤魔化せない。

 それが彼の体に多大なダメージを与えていたのだ。


 彼は大きくのび・・をしながら目をこする

 すると、小屋の中央で巨体が火をかけた鍋をかき回していた。


 オーランだ。

 彼は背中を丸め、オタマで天井から吊った鍋をかき回している。

 磯の香りはこの鍋からしていた。


「オーランさん、それは……?」


「目が覚めたかぁ。もうちっとでメシができるから、待つべ」


「あっ、はい」


 どうやらオーランは、わざわざ朝食を小屋まで作りに来たらしい。


(オークってみんなこうなのかな……?)


 オークは東都が思った以上に親切で世話焼きだ。


 東都のオークのイメージはゲームやラノベにある。

 そうしたものに登場するオークは野蛮な種族だった。口を開けば「オマエ、オレ、コロス」といって斧を振り回し、欲望のままに暴れまわる。そんな感じだ。


 しかし、目の前のオークはそんなイメージから程遠い。


 毛皮を身にまとっている姿は蛮族といえば蛮族だ。

 しかし、その心はエルやコニー、東都と何ら変わりないように思える。


(なんか戸惑うよなぁ……調子が狂うっていうか。まぁ、ありがたいけど)


「この匂いは……」

「魚みたいですわね」


 東都に続いて、エルやコニーも寝床から起きあがった。

 するとオーランは鍋をかき回す手を止め、食器を配りだした。


 大きな手で東都に渡されたのは、木を彫って作ったボウルとスプーンだ。

 もちろんオークサイズなので、東都が持つと洗面器と柄杓ひしゃくみたいになった。


「こいつはうめぇぞぉ~」


 そういってオーランは鍋の中身をオタマですくって注ぎ入れた。


 東都が手に持ったスープには、人の手や目玉などの名状しがたいものが――

 別に浮かんでいるわけではなさそうだ。


 見た目はごく普通の海鮮スープだった。

 フィレの他に、魚の背骨周辺の中落ち、頭といったアラを使っている。

 漁師のまかない飯といった風の、飾り気のない豪快な料理だ。


「いただきます」

「おっと、ちょっと待つべ!」


 さっそく食べようとする東都だったが、オーランが静止する。

 なんだろうと思っていると、彼は白い棒状のモノが乗った皿を差し出した。


「こいつだ。ギネがあるとずっと旨ぇぞ」

「ギネ?」


「ほれ、嗅いでみろ」


「おぉ……なんかクセになりそう」


 オーランが取り出したモノは、独特な臭気がある。

 刺激的でスパイシーな芳香はネギに似ていた。しかし、ネギに比べるとすこしトウガラシっぽいピリピリとした匂いがする。

 おそらくネギやリーキに類したもので、オークが薬味に使う植物なのだろう。


「コイツがあると無いとじゃえらい違いだ」


 オーランはギネを一本つまむと、鍋の下の火であぶる。

 ギネの白色が、少しづつキツネ色になっていく。

 すると鍋の底からほんのりと爽快な香りが漂ってきた。


(おぉ……ネギをさらに強烈にして、七味唐辛子をブチ込んだ感じ?)


「へぇ、いい匂いですね」


「だべ? こいつを冷えて香りが消える前に汁の中に入れンだ」


 オーランは炙ったばかりのギネを東都の器に入れる。

 すると、スープの湯気にあおられて、ピリッとする香りが飛び込んできた。


 東都はスプーンでギネの周りのスープをすくい上げ、口に含む。

 すると、これまで味わったことのない異国の風味が口の中に広がった。


 これをなんと言ったらいいのだろうか。


 スープの中では。それぞれの魚の味が泡のように浮かんでいる。

 魚の種類によって、香りが強かったり、甘かったり、食感だけ豊かだったり……ようするにバラバラなのだ。しかし、ここにギネの香味が加わることで、とりとめのない味がひとつにつなぎ合わされている。


 まさに一つの海ワンピースだ。


「おいしい!」


 東都は思わず素朴な、それでいて正直な感想をもらした。

 オーランはそれを聞き、満足気に微笑んでいる。

 彼が微笑むと薄い唇がめくれ上がり、口に生えている物騒な牙が見える。

 だが、不思議と東都には、それがもう恐ろしいモノには見えなかった。


うまい。北の果てには、こんなモノがあるのか……」


「あら、貴方ご自慢の博物誌にもギネの事はってなかった?」


「あるわけ無い。所詮しょせんは本だからな。ページにも限りがあるし、世界そのものを書き残せるわけじゃない。」


「あら、意外ね。もっと狼狽うろたえるかと思ってた」


「本が世界の全てだなんて思ってないさ。そんなロマンチストじゃない」


「ところでオーランさん。昨日きのうの夜はけっこうな吹雪だったみたいですが……ウェンディゴは現れましたか?」


「いんや。吹雪の日はなるだけ外に出ねぇようにしてるからな」


「なるほど、吹雪の日にはトイレに行かないようにしてる、と」


「おう。それでもたまにホラレーみたいなのが出ちまうけどよ」


「トイレに関しては一刻を争いそうですね」


「トート様の言い方だと、なんか別の意味に聞こえるな」

「しっ」


「今日は僕のトイレを村に置いて回りましょう。それをオークの皆さんに使ってもらって、吹雪の日でも安心してトイレを使えるにします」


「おぉ、そうしてもらえるとありがてぇだ。吹雪の日に腹を下したら、漏らすしかねぇと思ってただよ」


「出したモノと一夜をともにするというのは、あまり考えたくないですね」


「そうね……私たちとはも違うでしょうし」


「だども、村にトイレを置いた後どうするんだべ。ウェンディゴを誘い出したとしても、どうやって倒すンだ?」


 オーランが口にした疑問はもっともだ。


 たしかに大筋の計画は決まっている。


 トートのトイレでウェンディゴの襲撃を防ぐ。そして、ウェンディゴがオークを襲えなくなり、困ったところで古いトイレを使って誘い出す。


 しかし、この計画を具体的にどう実行するのか?

 それについてはまだ何も決まっていない。


 ウェンディゴをどうやって倒すのか?

 最も重要なこの部分が、計画では白紙のままだ。


「それについては僕に考えがあります。ひとつ僕に任せてみてください」


「うーん……」


「安心してください、オーラン殿。トート様は『角ありし子ら』の王、獣王をたった1人で退けた豪傑でもあるのですから」


「な……そいつは本当か?」


「本当です。私たちはその光景をこの目で見ましたから」


「えぇ、トート様は獣王が振り下ろした刃をその身で受け止め、恐れをなした獣王は森に逃げ帰っていきました」


 オーランは疑いと畏怖がせめぎ合う目で東都を見る。

 彼のような少年が獣王を退けたとは、にわかには信じられないのだろう。


「普通じゃねぇとは思っていたが……そっちのほうとはなぁ」


(どっちのほうなんだろう……ともかく、TPは各地に置いたトイレから手に入るから、まだまだ豊富にある。ウェンディゴ対策になりそうなスキルを取るとしよう。――ウェンディゴに反撃する時だ)



――――――

トイレ設置(LV10)消費TP0

バスユニット設置(LV1)消費TP10

補充(LV1)消費TP1


TP 450


『暖房』(通常の暖房から、金属溶融の2000℃まで可能)

『抗菌』

『除菌』

『消臭』

『ウォシュレット』

『◯姫』

『威力アップ』(威力を上げます)

『速度アップ』(速度を上げます)

『防御アップ』(外部からの攻撃を防ぎます)

『耐久アップ』(力が強くなります)

『バスユニット』(湯船のみ。シャワー、カーテンなし)

『泡ガード』(トイレの跳ね返りと戦車砲の直撃を防ぎます)

『トルネードウォッシャー』(トイレをキレイにして、戦場もキレイにします)

――――――



※作者コメント※

展開に困ったら食事シーンを入れろ

偉い人はそういいました。

でもその後すぐにトイレの話になるのはどうなんだろう…


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