狩りの時間
「これで最後だ……トイレ設置ッ!!」
<どんっ!>
東都が手を伸ばしてかけ声をした場所に、白いトイレが現れる。
すると背後からオーランとエルたちがやって来て、彼を《ねぎら》った。
「旦那、お疲れだンべ」
「お疲れ様ですトート様、これでようやく終わりましたね」
「えぇ。これで全ての小屋にトイレが行き渡りましたね」
朝食を終えた東都たちは、ウェンディゴの対策に動いた。吹雪の日に古いトイレに行かなくてすむよう、村の小屋全てにトイレを設置して回っていたのだ。
「しかし、この小さな村で全部の家にトイレがあるとは……贅沢ですね」
「帝国首都のフンバルドルフでさえ、すべての家にトイレはないものね」
東都が転生した異世界のトイレ文化は、元の世界の16世紀後半に相当する。
その時代、トイレといえばもっぱらツボだった。
家の中でもよおした場合は、ツボなどの容器にしてフタをしておき、溜まったら家の外に投げ捨てるのが普通だったのだ。
12~13世紀のパリでは、そうした投げ捨てられた汚物は道路の中央にある溝へ行く。道路中央の溝には雨水、家庭排水などが一緒くたになって流れていて、汚物を川まで流すようになっているのだ。なんとこれは19世紀まで現役だった。
しかしこの溝は大雨になると汚水が溢れ出して、悪臭の大河となる。
当時のパリは大雨のごとに、こうした大氾濫が起きていたという。
流石にマズイとおもったのか、14世紀に公衆トイレの建設が始まった。
だだ、公衆トイレの普及率は低かった。
おおよそ1万人に対して1つのトイレという有様だったのだ。
家に備え付けのトイレがあるのは、修道院や貴族の城館、農家くらいだ。
中世の時代では、人口に対してトイレが圧倒的に足りていない。
そして、それはこの異世界でも変わらなかった。
帝国首都のフンバルドルフでさえ、トイレは貴重な存在だったのだ。
しかし、オーク達はたった20戸に過ぎない村でトイレを用意している。
この異世界においては、過剰なほど清潔好きと言っていいだろう。
そこにおいてこのトイレ完全装備だ。
何も知らないベンデル帝国の人間がみたら、卒倒するのは間違いない。
東都はまったく知る由もないが――
オークの村は、世界に類を見ないトイレ先進地域となっていたのだ!!!
「旦那のトイレはちと手狭だけんども、近くにあるってのは助かるべ」
「んだんだ」
「これでケツを凍らさずにすむべ」
オーク達はトイレに対して口々に称賛の言葉を捧げる。
東都のトイレは、おおむね好評のようだ。
(よし、次はこのトイレにスキルを追加していこう。僕が思うに「アレ」はウェンディゴに対して使えるはずだ。)
東都はステータスウィンドウを開くと、スキルツリーの画面に移動した。
これまでの旅で彼は少なくない数のスキルを取ったはずだ。
だが、ツリー上で明るくなっている文字は10分の1もない。
(前から思うけど、トイレのスキルって呆れるくらいに数があるよなぁ。いったいどこの誰がトイレをこんなに改造しようなんて思ったんだろう。)
それはおそらく人類がウンコをする限り存在する企業、T◯T◯のせいだろう。
彼らは人々の尻の快適性を守るために血の汗を流している。
しかし、異世界にいる今の東都がそれを知る方法はなかった。
(さて、例のスキルは、と……)
東都はスキルツリーから目的のスキルを探す。
そして彼の指はとあるスキルに向かって延びていった。
彼が選んだスキルの名は「リモコン対応」だ。
これは暖房やウォシュレットといった機能を遠隔操作するものだ。
(うんこの機能だ! これがあればトイレの各機能をリモコンで制御できる。必要な
トイレは「リモコン対応」のスキルを取得した。
するとUIが光り、スキルの説明が書かれたツールチップが浮かび上がった。
『トイレのリモコンを操作することで、トイレのスキルを発動させます。』
(うん、思った通りの機能だ。これを使えば、これまで防御的な運用に限られていたトイレを、攻撃的に使えるはずだ。)
古いトイレが使われなくなれば、奇襲を封じられたウェンディゴはあせりだす。頃合いを見て、古いトイレにオークが入ってウェンディゴをおびき出す。そうして事前に置いたトイレの暖房とウォシュレットでウェンディゴを攻撃する。
これが東都のプランだった。
(よし、手札はそろった。後はタイミングだな……)
「トート様、どうされました?」
「あ、エルさん。実は、まだ少し不安がありまして」
「不安……ですから?」
エルンストはすっと表情を固くした。
それを見た東都は慌てたように発言を取りつくろった。
「いえ、トイレに問題があるわけじゃないんです。後はウェンディゴを待ち受けるだけなんですが……ちょっと受け身すぎる気がするんです」
「言われてみればそうですね。こちらは待つことしか出来ない」
「はい。ウェンディゴ対策をあと一歩進める、確実な『何か』が欲しいんです」
「ふむ……革新的なアイデアとはいきませんが――」
エルは雪の浅い場所に向かって、案内するように手を伸ばした。
長くなるのでそちらで話そうということらしい。
「トート様は狩りをなされたことは?」
「いえ、僕はそういうのはよくわからないです。すぐにモノが手に入る生活をしていましたから」
「なるほど。龍神様ともなれば――いえ、失礼。続けましょう」
東都はコンビニやスーパーで商品を買っているのを想像してそう言ったのだが、エルはどうも別のものを思い浮かべているようだ。
きっと彼は『小賢しい技術など使わずとも、トート様は獲物を狩れる。ゆえに狩りの方法なんて考えたこともない』とでも想像しているのだろう。
「私たち人間の狩りでは、獲物を探し出す事と追跡にほとんどの時間を割きます。実際に獲物を撃つのも難しいですが、探すことと追いかけることは、銃に弾を込める何倍もの手間と時間がかかります」
「なるほど。探して追いかけることが狩りのメインなんですね」
「そのとおりです。そこで重要になるのは、獲物がどこにいるのか、獲物のことを良く知り、痕跡を見つけ出すことなのです」
「どんな方法があるんですか?」
「獲物のフンや足跡、木についた傷。そうしたものから探し出します。訓練した犬を使う方法もありますし、タカを使って空から探す方法もありますね」
「へぇ、色々な方法があるんですね」
「ですけど、最終的には『気配』と言われていますね」
「気配?」
「狩りに慣れた達人は、獲物のいる方向を気配でさとってしまうのです。私はまだその域に達してませんが……」
「伯爵閣下ね。獣人が相手なら、月まで離れていても見つけ出すわ」
「ですね。閣下は獣人に対しては人並み外れた感覚をお持ちです。それこそ気配だけで見つけ出されます」
「へぇ……」
(少しオカルトじみた話だけど、エルさんやコニーさんが言うなら確かなんだろうな。気配、気配か……)
「トート様のトイレには、そうした痕跡や気配を察知する力はないのですか?」
「気配――」
東都は、ハッとした表情で顔を上げた。
なにかに気づいた様子だ。
(ウェンディゴを見つけるには……そうか! ある、あるぞ!)
東都はスキルツリーに視線をもどし、目的のスキルを探す。
その鬼気迫る姿は、ブラックフライデーで半額ゲームを探すときのようだ。
(どこだ、トイレならきっとあるはず……あったッ!)
彼の視線がとあるスキルに留まる。
そこには『人感センサー』と書かれていた。
(これだ、これと照明を組み合わせれば、どんな吹雪の日でもウェンディゴの接近を感知できる。これならきっとやれるはずだ……!)
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※作者コメント※
次回、ようやくバトルパートです(予定)
何か最近、妙にPVが増えてる。
スコップでもされたんだろうか?
何か臭うな…(トイレだけに
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