仕掛けられた罠
「オーランよぅ、こいつは使えるんじゃねぇか」
「おう、これなら間違ぇねぇ」
ホラレーとオーランは東都を前にうなずき合っている。
二対の巨漢がちょこんと便座に座った少年の前で首をふる。
なんともシュールな絵面だ。
だが、渦中のトートはこの状況がさっぱり理解できない。
何がなんだか分からず、愛想笑いを浮かべるばかりだ。
(オーク達は僕のトイレが使えるといっているけど、「トイレが使える」の部分に微妙なズレがある気がする。なんだろう……)
「あのー……、使えるって一体何が?」
東都が申し訳無さそうに聞くと、ホラレーがガハハと笑った。
「おめぇ、これを見てわからんか?」
「えー?」
「ほれ、お前さんのトイレは入ってきた方を見れるンだよ」
「あっ、なるほど!」
東都は座ったまま、自分の太ももをはたと打った。
オークのトイレは入ってそのまま、穴の前で踏ん張るものだ。
それゆえ、オーク達はウェンディゴに対して背中を見せることになった。
なので反撃はおろか、後ろを見ることすらできなかった。
しかし、トートの出したトイレは違う。
トイレに入って屈むと、自然と入り口のほうを向く。
つまり、ウェンディゴを万全の体勢で迎え討てるのだ!!
ーーーーーー
説明しよう!!
実はトイレの向きに関しても、深い歴史がある。
かつて日本のトイレは入り口に対して「横向き」だったのだ。
和式トイレが今の形になったのは、意外と歴史が浅いのだ。
(といっても、昨今は和式便所自体が
便器が横になっていると、空間を区切る腰壁が邪魔でタンクを並べられない。
そのため、当時はやむを得ず公衆トイレの方向を入り口に対し逆にしたのだ。
この制約がない個室トイレだと、いまだに横配置になっているものも多い。
なぜ入り口に対して逆向きのトイレは嫌われていたのか。
それは戸に対して後ろを向くことが縁起が悪いものとされていたからだ。
とくに武家においては、刺客に襲われた際に無防備になるので嫌われていた。
こうした和式トイレは別名「スクワットトイレ」と呼ばれる。
これはトイレの姿勢に由来した命名だが、実際に和式便所は下半身のトレーニングに効果がある。東塔大学の調査に寄ると、スクワットトイレが普及している地域では、洋式トイレが普及している地域よりも住民の下半身の筋肉量が顕著に高く、ずっと健康的だったという。
オークがスクワットトイレを取り入れたのもむべなるかな。
何事も鍛錬につなげるという、彼らの戦士文化の一端だったのだろう。
ちなみに自衛隊も駐屯地において和式トイレを維持している。これは単純な予算不足のためではなく、トイレによるトレーニング効果を見込んでのものである。
東塔大学出版刊『和式、洋式、どっちが良いの?』より
ーーーーーー
「おめぇのトイレを村の連中が使えば、ウェンディゴのやつは手も足も出ねぇ。なんてったって、入り口に目を光らせることができっからなぁ」
「なるほど……確かにッ!」
(オーランさんの言ってることは名案だ。僕のトイレを使えば、ウェンディゴの襲撃から身を守れる。それに――)
「このトイレを村の人たちが使うようになれば、ウェンディゴはオークさんたちを襲うどころじゃなくなります。そうなれば罠を張ることも出来ますね」
「罠……ですか? トート様、それはいったい?」
「えっと、オークたちが僕のトイレを使うようになれば、ウェンディゴはオークを襲えなくなります。そうなればきっと焦りが出てくるはずです。オーランさんは、いつもの漁場で魚が取れなくなったらどうします?」
「そうさなぁ……道具ば変えるか、漁の時間を長くするべ。それでもダメなら、漁をする場所を変えるなぁ」
「さて、そうしてオーランさんが場所を変えようと思ったその時です。普段は近寄らない危険な岩場の奥にたくさんの魚の影が現れました。どうしますか?」
「できるだけ気ぃつけて、その岩場に網を投げに行くなぁ……なるほどなぁ」
「はい、そういうことです。獲物が少なくなれば、すこし条件が悪くても獲物に食いつくはず。それはオークもウェンディゴも変わらないはずです」
「うンむ。おめぇのトイレを皆の衆が使えば、ウェンディゴはもう古いトイレを狩り場にすることはできねぇ。ウェンディゴは困らぁな」
オーランの横にいたホラレーが東都に歩み寄ってきた。
「そん時に古いトイレを使うヤツがでてきたら……。ウェンディゴは絶対にそいつを見逃さねぇ。そうなりゃもう、不意打ちはもう不意打ちじゃなくなる」
「その通りです。ウェンディゴは吹雪の時に動く。その時に古いトイレを使えば、やつが来る瞬間を待ち受けられるはずです」
「だけンども、そう上手くいくかぁ?」
「うまくいく可能性は高いと思います。ウェンディゴはまだこちらの意図に気づいていないはずです。」
「ふぅむ……」
「ただ、ウェンディゴが残していった謎は、まだ全て解けてません。逆襲を確実に成功させるためには、ひとつも謎を残さないようにしなくては……」
ふと、東都は彼の息がだいぶ白くなっているのに気づいた。
彼は便座から立ち上がると、トイレを出て西を向く。
重々しくのしかかる雲と、雪原の間にあった太陽は姿を隠そうとしていた。
――日没だ。
雪煙の中を漂うばかりで弱々しかった太陽の光は、今や消えさろうとしている。
村の中に流れこむ闇は、次第に冷たく深くなっていった――
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※作者コメント※
またもや一狩りしてたせいで遅くなりました。
モンハンしてるせいで、毎日更新もあやしくなってきたでぇ…
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