【本格回】伯爵ってえらい人?
「けどなぁ……」
「何か問題でしょうか?」
「いや……トート殿、問題しか無いだろ。トイレの水だぞ?」
「では伯爵。もしこれを生まれて初めて見たとして、トイレに見えますか?」
伯爵は池のほとりに立つトイレを見る。
轟音を立てて、水の柱を生やすそれは、どう見てもトイレではない。
というか、どういう存在なのかを確かめることも困難だ。
まず、吐き出される水のせいでドアの前に立つことが不可能だし、中を見ようとすれば、容赦なく吹き出す水に吹き飛ばされるだろう。
これをなんと言ったものか。
伯爵はこの名状しがたい存在に対して、なんとか言葉をひねり出した。
「……水を出す柱だな」
「黙っておけば何の問題もないでしょう。不安なら木か何かで作った箱で覆ってしまえば、おそらく魔法の品として言い張れるかと」
「ねぇ、なんでそんなにトイレの水を使うことに関して情熱的なの?」
「閣下と同じ理由です。民の為に――」
東都はそう言い切った。そう言われると、伯爵も先ほど「民のため」と
「うーん……そうかぁ……」
「病の問題がなくとも、このきれいな水は人々の生活を豊かにします。悪いようにはならないでしょう」
(そしてこれをするのは僕のためでもある。この異世界でキレイな水が普通になれば、僕の食生活もずっと安全になるから)
「トート様の言うとおりです。考えても見てください閣下。すべての人に安全な水を届けることができれば、きっと世界が変わります」
「コニーこそ冷静に考えよう? トイレの水だよ?」
「病の種でいっぱいの川の水と、清浄なトイレの水、どちらが良いでしょうか」
「そう言われるとなぁ……」
「閣下が受け入れがたいのはわかります。ですが……フンバルドルフの惨状を見た身としては、私はコニーを支持します」
「そうですね。例えば……ウォーシュの水箱とでも名前をつけるのはどうでしょう。魔法の道具として水道に置けば、これをトイレと思う人はいませんよ」
「ねぇねぇ、それ、バレたときの全責任がわしにいかないかな?」
「仕方ありませんね。ではトート式水箱としましょう」
「コニー君、ナチュラルにわしを陥れようとするよね。いちおう寄親なんだけど。先祖がアサシンだったりしない?」
「代々騎士です。あ、我が家の家訓は正々堂々がモットーですわ」
「うん、なら正々堂々と不敬を働くのをやめようか。」
★★★
すったもんだありながらも、東都と3人は城館のホールに戻った。
ため池の実験でトイレの水が飲めるのはわかった。
後はどうやってベンデル帝国の首都、フンバルドルフの水道に接続するか。
これが問題になった。
「フンバルドルフの水道は皇帝の
「その自由伯ってなんですか?」
「あ、トート様のような外国の方には分かりづらいですよね……。それについては私から説明をさし上げましょう」
東都が疑問を口にすると、エルが動いた。
「ベンデル帝国の爵位は複雑怪奇でして……閣下は自由伯であって、本当は伯爵ではないのですよ。伯位といっても種類がありまして」
「え、伯爵って呼んでるのに?」
「そうなんですよ」
エルは手をたたき、伯爵の召使いから何かの板を受け取った。
(うん? なんだろうあれ、タブレットみたいな……)
エルが受け取った板は、東都が思い浮かべたタブレット端末に似ていた。
しかし形は似ていても素材はまるで違う。
木の板には一回り小さい木枠がある。
そして、その枠の中には蜜蝋が塗られていた。
これは
蝋の板に尖った棒で文字を書き入れてメモをとる道具で、メモの必要がなくなれば、蝋を
鉛筆や消しゴムといったものがまだ一般的でないベンデル帝国では、日常的な書き物をするのにこの蝋板がよく使われていた。
エルは東都の見ている前で、蝋板に何やらメモを書き出した。
ーーーーーー
辺境伯
自由伯
宮中伯
方伯
城伯
ーーーーーー
「ざっと書くとこんな感じですね……。そもそも伯とは、皇帝が管理しきれない土地を管理するための地位であり、古代ベンデル帝国の政務官が元になっています」
「知らない国の知らない歴史の授業が始まった」
「すみません、手短にしますので……」
申し訳無さそうにエルは続ける。
「統治が何代も続くと、次第に伯が収める土地は独立国のようになります。辺境伯が特にその性格が強いですね。ベンデル帝国の辺境伯は
「ねぇ、コニーさん、ひょっとしてエルさんって、頭がすごい良い?」
「そうよ。筋肉バカみたいな見た目してるけど、こいつ教師タイプよ」
「そうなんだ……」
「オホン、続けますよ……そして閣下の自由伯とは、ベンデル帝国への臣従の義務を免除されていることから名付けられた爵位です。これはウォーシュ閣下の先祖が古代ベンデル帝国から分派した、西ベンデル帝国の皇帝だったからですね」
「え、まさか伯爵ってすっごい偉い人?」
「はい、すっごい偉い人です」
「なのに何で
「ですが、臣従の義務がないということは、閣下はベンデル帝国の政策に対して、強く意見できないということも意味しています」
「うむ。フンバルドルフの水道に手を加えるなら、皇帝と話をつけないといかん」
「町の噂では、皇帝陛下は別荘にこもりきりだと聞いたわ。誰とも会おうとしないって。そんな状態の陛下に話をつけられるかしら」
「それよな……どうしたものか」
腕を組み、うーんと
ここでふと、東都は思い切ったことを口にした。
「では、水道には何もしなければ良いのでは?」
「「えっ?」」
彼はいまさら何を言っているのか? そんな意味の込められた声がハモる。
困惑と疑いの混じった視線が東都に集まるが、東都に動じる様子はなかった。
「手を加えることが出来ないなら、作ってしまえば良いんです」
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※作者コメント※
伯爵、思った以上に偉かった。
正確にはえらいのはご先祖様だけど……。
先祖をたどると今の皇帝と家格が同格だから
臣従の義務(手下として戦争に参加する義務)がないって感じです。
城館が比較的古いスタイルなのもそれのせいかも。
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