水には違いないけどさぁ…

 東都と3人はウォーシュ伯爵の案内で、ドバー領のある場所に案内された。


 埃っぽい土の道を歩く東都の手には、なぜか柄杓ひしゃくが握られている。


「ここです、トート殿。ここならいくら水を出しても大丈夫です」


 目的の場所についた伯爵が立ち止まった。

 そこには何軒もの家が入りそうな、大きな穴がぽっかりとあいていた。


 穴の底には丸石が敷き詰められており、ゆるい坂になっている穴の壁には粘土が盛られて暗灰色の地肌をさらしていた。


 東都が伯爵に案内されたのは、水の入っていない空っぽの池だった。


 彼らがここに来た理由は、大量の水を出す魔法を実演するためだ。

 そのために東都は、「たくさんの水を出しても大丈夫な場所」を伯爵に聞いた。


 そうして伯爵が案内したのが、この場所だった。

 

「これが今工事中のため池ですか?」


「左様です。冬の備えとして、魚の養殖のために作っているものです。川の水をひき、川カマスやパーチ、コイを育てます」


(魚の養殖? 中世にもうそんな技術があったんだ……)


 伯爵の説明を聞いた東都は少し驚いた様子を見せた。日本に住んでいた彼には、ため池といえば田んぼに使う農業用水のイメージしか無かったためだ。


「へぇ……ため池っていうから、てっきり畑に使うものかと」


「ほう、ひんがしの国では畑に池の水を使うのですか」


「もっぱらそうですね。僕たちが主食にしているコメという作物は、根が水にひたっていないとうまく育たないんです」


「ほう……まさに水の国ですな。トート様が水の魔法に秀でているのは、東の国の土地柄に関係しているのですかな?」


「まぁ、そんなところですね」


(水っていうか、トイレだけど。日本の土地柄といえば……そうなのかなぁ?)


「では始めます。――トイレ設置!!」


 大きく息を吸い込んた東都がいつもの呪文(?)を叫ぶ。

 すると池のほとりに神々しい純白の柱が立ち上がった。


 ――そう、トイレだ。


「……あの、水の魔法なのでは?」


「魔法で出す水なので……一応、水の魔法ですね、はい。」


 笑顔を顔に貼り付けたまま、凍りつく伯爵。東都の後ろで顔を覆っているエルとコニーの姿を見て、彼はこれから起きることをさとった。


「アレの水って、コレの水ゥ?! えっえっ」


「では放水開始、最強で!!」


「えぇぇぇぇぇッ!!!!」


<ドォォォ!!!!>


 悲嘆の混じった伯爵の絶叫を無視して、東都は無慈悲に命令した。

 白い柱の扉がバンと開き、水柱が直線的なカーブを描いて池に飛び込んでいく。


 ドドドと地鳴りを思わせるような音と共に、激流が白い渦を巻く。

 周囲はトイレからとびちった水しぶきで、昼にも関わらず少し肌寒くなった。


(ふぅ。こういう滝(?)の近くにいて冷たい空気を吸い込むと、何か頭がえ渡るような気分がするな。マイナスイオンってやつ?)


 ちなみにマイナスイオンの効果は科学的に実証されていない。

 東都が感じている爽快感は、完全に思い込みによる効果だった。


「ねぇ、このトイレってさ、わしが使っていたのと同じモノだよね?」


「そ、そうですね。閣下が使っていたのと同じものだと思います」


「エルも私もついさっき知りましたが、トート様が出すトイレは全て機能が共通しているようですね」


「下手したらわし、消し飛んでない?」


<ドオオオオオオオオ!!!!>


 轟音と共に、水柱は空に橋をかけている。

 もし、普通の人間があの柱の前に立てばどうなるか?

 試さなくとも、その結果は自明だった。


「「…………」」


「知ってたよね?」


 二人の騎士は押し黙る。

 答えはない。ただ、彼らのほほに一筋の汗が伝っていた。


「ねぇ!? ねぇってば?!」


「えっと、その……使い方を間違えなければ安全ですから」


「間違えたら危険ってことだよね?」


「閣下それは違います。例えば火はどうでしょう。火事になれば火は危険です。ですが、カマドに収まっている分には火は安全で、料理や暖を取るのに使えます」


「お、おう……」


「トート様が使う魔法も同じことです。伯爵、あの水を見てください」


 トイレから生える水柱は、空っぽの池をすでに半分ほど満たしている。

 伯爵はその豪快な水の勢いに恐れに似た感情を抱いた。


「ヤバイもんとしか思えないんだけど……」


「そのヤバイもんが、彼の指示でしっかりと制御されているではないですか。間違えたら危険というのは、あくまでも可能性の話です。危険だからといって、私たちが火を使うのを止めたらどうなるでしょう」


「う、うむ。火がなくては我らの生活は成り立たない……」


「ですから注意して使えば良いだけのことです。隣家の火事を見たものが、その日からいっさいカマドを使わなくなったら、伯爵はどう思いますか?」


「バカげた事をしているとしか思えぬな。ふむ……そういうことか」


「はい。そういうことです」


「コニーの説得がうまくいったようだな」


「あれ、言いくるめっていいません? 僕が言うのもなんですけど」


 元凶にも関わらず、どこか他人事な東都。

 のほほんとした彼は、水柱の表面をこするように柄杓ひしゃくを差し入れた。


 柄杓を柱から引き戻すと、その中には清水が満ちている。

 水は透明で、なんの臭いもない。


(うん。何の問題もないように見える。ただのキレイな水だ。ウォシュレットの水を飲むのには抵抗があるけど、誰も使ってないトイレだし……川の水を飲むよりは安全。川の水を飲むよりは安全。)


 東都は心のなかで念仏のように安全を唱え、おそるおそる水に口をつける。


 唇に触れた水はキンキンに冷えていた。

 そのまま水を口の中にいれると、彼の直感がこう訴えた。

 「これは大丈夫な水だ」と。


 東都は柄杓に入った水を一気に飲み干した。

 冷気のもたらす爽やかさが、しんと東都の喉に染み入った。


「うん、ちゃんとした水だ。冷えてて美味しいですよ」


「ほ、本当ですか……?」


 東都の差し出した柄杓を受け取り、3人も水を口にした。

 すると、疑いに歪んでいた彼らの眉がくっとあがる。


「本当だ。冷たくておいしいですね。雑味が何もない……」


「だけどコニー。これに美味しいと言ってしまうと、人として大事なものを失った気がするんだが」


「わしも何か、とてつもなく間違ったことをしている気がしてならない」


(うーん、やっぱり無理があったか?)


「だが……非常に不本意というか、ぶっちゃけイヤなんだが、この水をトイレから出るという理由だけで捨ておく気にもなれん。病に苦しむベンデル帝国の民を見捨てることを意味するからな」


「閣下……」


「自らを救う力を持たない弱き民を救うのは、貴族としての義務だ。それをないがしろにして、おろそかに飯が食えるか。」


「では!」


「うむ、使おう。でも……コッソリとな。

 バレたら絶対ヤバイって」


「「大丈夫かなぁ……」」


 ため池のほとりに不安の声が上がった。

 池に注ぎ込む水の柱からは水煙が生まれ、次第に霧となって池のほとりに立ち込めていく。それはまるで、これからの成り行きを暗示しているかのようだった。




※作者コメント※

ギャグパートにおける各キャラの役割は、


ボケの東都。

リアクションの伯爵。

ツッコミのエル。

言いくるめのコニー。


となっております。

伯爵ェ……。

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