女神教と流行り病
「聖職者ですか?」
――聖職者。
聖職者なら街で良い暮らし向きをしていそうなものだ。
なのになぜ流行り病にかかるのか?
疑問に首を傾げた東都に、エルがより詳しいことを彼に伝えた。
「はい。私たちが旧市街にいた時、聖職者にもコロリが出ていました。彼らは私たちと同じように、使用人が井戸からくんだ水を使っていたはずです」
(うーん……どういうことだろう。あっ、もしかして――)
「エルさんたちが信じている教えに、水を使う儀式ってあったりしませんか?」
エルとコニーは、真剣な面持ちで顔を見合わせた。
どうやら彼らには何か心当たりがあるらしい。
エルンストは神妙な表情で東都に向き直ると、ある儀式のことを語った。
「フンバルドルフの女神教徒には『
(出たな女神教……。勇者に力を授けたって話が本当だとすると、僕がトラックにひかれた後に出会った女神と同じ存在だろうか)
「その儀式に使う水はどこから?」
「勇者に力を授けるため、女神様が現れたという泉がフンバルドルフの郊外にあります。聖職者はそこからくんだ水を告別に使うはずです」
「流行り病の原因は、その女神の泉にもありそうですね」
東都がぽつりと何気なく言葉を
すると伯爵は、椅子を蹴らんばかりの勢いで立ち上がった。
「それではなんだ! 流行り病の元凶は、女神様ということか!!」
伯爵の血相があきらかに変わっていた。
何か不味いことを言ったらしいことは、この世界に無知な東都でもわかる。
慌てて自身の発言を取り
「落ち着いて、まだそうと決まったわけじゃないです! 例えば流行り病にかかっていた誰かが泉に入ったとか、汚物を捨てたとか、そういう可能性もあります!」
「むむむ」
「閣下、トート様の言うことは、あくまで可能性です!」
「でもあり得そうな話だわ。何者かによって泉が
「あるいは、女神様がお怒りか、だな……」
(思った以上に説明が難しい。水が原因ってことは経験則で納得してもらえるけど、それの解釈は人それぞれになってしまう。病気の原因になる細菌やウイルスは人の目に見えないからなぁ……)
目の前の3人に向かって病気の原理をどう説明したものだろう。
東都は考えをまとめようと頭をひねる。
東都が押し黙ると、3人もそれ以上何も言えない。
広いホールの中に沈黙が降りる。
すると、伯爵はとんでもないことを言い出した。
「この流行り病……もしこれが女神様が与えた我らへの罰なら、コロリにかかるのが女神様の意にそぐうのでは?」
(すすんで病にかかれって、どんな邪神だよ!!!)
「お待ち下さい閣下」
不安からすっかり落ち着きをなくして、喉の奥で
そんな彼に対して、コニーから
「もし神罰であるとすれば、人々はすべからく病にかかるべきです。これが女神様の怒りなら、ドバーもフンバルドルフのようになってもおかしくない」
「ふむ……たしかに」
「教典には女神の意図を疑ってはならないとあります。もし女神さまが罰を与えたとしたなら、この流行り病のことを探ること自体が罪、そして罰に値する」
陽光を受け、輪郭を白く浮かび上がらせた彼女は、静かに語り続ける。
「しかしそうではない。今のところドバーに流行り病が訪れた気配はありませんし、私たちの体にも異変はない。これがトート様の推察の正しさを裏付けている」
「あの、エルさん。コニーさんって……実はけっこうマトモ?」
「彼女はこういうことにはまともだぞ。まぁ、普段はアレだが。意味不明な水薬や薬草、護符なんぞを買い集め、珍品に目がないが……」
(その珍品には僕も含まれてるんだろうなぁ)
「あー、何はともあれ。水が原因なら流行り病に手を打てるとおもいます」
「しかしトート殿、仮に水が原因と言っても、一体どうするというのだ?」
「フンバルドルフはベンデル帝国の首都。とても大きな街です。その街全体に水を配るとなると、生半可なことでは……」
疑いのこもった視線で東都を見つめる3人。
しかしここでコニーが何かに気づき、彼女の青い瞳が揺らいだ。
「まさか、トート様……『アレの水』を?」
「はい、そのまさかです」
「そんな、まさか……でも。たしかにキレイではあったな」
「そうだねエル。たしかにアレも水だよねぇ……」
コニーに続いて、エルも気づいた。
この問題に対して、東都が何の水を使おうしているのか。
彼らはそれに気づいたのだ。
「なんだコニー、トート殿は何をおっしゃっている?」
「お二人があの森で見届けた通り、僕ならキレイな水をいくらでも出せますから」
「「アレの水かぁ……」」
「アレってなんだ、何を言っている?!」
頭を抱えこんでテーブルに突っ伏す2人の騎士。
それに挟まれた伯爵は、ただただ、困惑するしか無かった。
「だから……何の水ゥ?!」
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※作者コメント※
いや、うん。
まぁ……たぶん、川の水とかそこらへんの池の水に比べたら
キレイには違いないけどね?????
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