コロリの原因

 東都が「病の原因は水にある」と言った瞬間、3人の食事の手が止まった。

 静寂がダイニングホールを支配する。


 今この場で動くのは、窓から差し込む陽光に照らされ、ふわふわと粉雪のように光の中を漂うチリだけだ。


「水……ですと? 病の原因が水にあるとは、どういうことですかトート様」


 東都に疑問の声を上げるウォーシュ伯爵。


 先ほどまで、伯爵は親戚のおじちゃんのような柔和な顔つきをしていた。

 だが、東都に問い直す彼には将軍のような威厳が戻っている。


 伯爵の態度は、病の問題の深刻さをうかがわせる。

 これは冗談は済まされない話なのだろう。


(それにしてもコロリ、コロリか……)


 東都は騎士たちが言った「コロリ」という言葉について考え込む。


(今僕が聞いている言葉は、あの女神の力か何かで翻訳されているはず。コロリという言葉は、現地の言葉が僕たちの世界に当て込まれているとすると、この言葉が指すものは……おそらく『コレラ』だ。)


 東都はあるマンガでコレラについて学んだことがある。


 それは幕末の時代に現代の医者が転生したというマンガだ。実写ドラマにもなったこのマンガの中では、コレラは「コロリ」と当て字で呼ばれていた。


 さらにマンガの中でコレラは感染者が出した汚物……つまりウンコやゲロで汚染された水や食べ物を口に入れることが原因で起こると描かれていた。


 東都はこれを思い出したのだ。


(ベンデル帝国で流行っている病気は、気味が悪いほどコレラと特徴が似ている。きっとこの「コロリ」は「コレラ」のことかもしれない)


「先ほどの話ですと、お二人は水道を使わなかったんですよね」


「あぁ……フンバルドルフの水道は妙に臭かったからな。一度は飲もうとしたのだが、魚の漬物のような、妙な生臭くて甘い香りがした」


「生臭くて、甘い香りですか……」


「なので私とエルは水道ではなく、旧市街にある古い井戸だけを使ってましたね。井戸は水道がずっとできる前に掘られたもので、もっぱら旧市街に住む貴人たちが使っています」


 エルンストの言葉をコンスタンスが継ぐ。

 彼女は兜を脱ぎ、その金髪は陽光を受けて白銀色に輝いていた。


(あ、何か改めてちゃんと顔を見たかも。この人、何かトンチキな気配を漂わせているけど、普通に美人だなぁ)


 森の中、そして城の中庭と大騒ぎが続いていた。

 なので東都は二人の顔を見るどころではなかった。


 エルンストは精悍な若者の顔つきをしていて、見るからに頼もしい。

 そして一方のコンスタンスは、雪のように白い肌と色の薄い金髪が印象的だ。

 ふたりとも絵に描いたような美形だ。


「しかし、それが何か?」


 澄んだ青い瞳で東都の顔をのぞき込むコニーに東都はドキッとした。

 彼は年上の女性、それも美人と面と向かって話した経験があまりないのだ。


「アッハイ。ええとのそ・・……」


 自身の内側に生まれた複雑な感情に彼は口ごもるが、何とか言葉をひねり出す。


「街の水道は、川から水を引いてわけですよね? そして汚物を川に流す者がいると。もし病にかかった者が出した汚物を川に流していたら……」


「まさか、コロリにかかった者の汚物を川に投げ捨てるだと?」

 

「ありえない話ではないですね。フンバルドルフでは、夜人やにんがトイレを掘り起こして街の外に捨てていますが、誰も好んでそれを見ようとはしない。こっそり近くの川に流していてもおかしくはないでしょう」


「その夜人というのは?」


「ああ、トイレにたまったモノ・・を暖かい昼に掘り起こされると、あたりにすごい匂いが立ち込めますからね。だから夜に働く必要があって、そういった仕事をする者たちを夜人というようになったんです」


「まぁ、口さがのない人は『クソ掘り』っていうけどね」


「コニー、汚い言葉を使うな」


「はいはい。あなたも大概だと思うけど」


 あまりにも直接的なトイレの話が続く。

 さすがの3人もこれで食欲が無くなったのだろう。


 彼らは召使いを呼ぶと、水の入ったボウルをとりよせ、ソースで汚れた手を洗うと、テーブルクロスで手を拭いていた。


 東都も彼らの真似をして、ボウルを持ってきてもらって手を洗った。


(さすがに食後は手を洗うんだな……食前もやったら良いのに)


「……なるほど。コロリにかかった者の汚物を川に捨てているとすれば、原因が川にあるというのは有り得そうだな」


 伯爵はすっかり東都の話を信じているようだ。

 だが、エルとコニー、2人の騎士はすこし納得がいかない様子だ。


「トート様、申し上げにくいことなのですが、実は井戸を使っていても、コロリによって命を落とした者たちがいます」


「え、本当ですか? それはどういった人たちですか?」


「はい。聖職者たちです」




※作者コメント※

中世の聖職者とか、厄ネタの匂いしかしないぜ(テカテカ

さて、何が現地で何がおきていたのか…


コレラに関してちょっと難しい話は本文で省いたので、

解説パートを用意しようか考えちう。

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