東都の神学論争

「トート殿、それはいったい……?」


「僕が思うに、悪いのは沐浴もくよくです。コロリの原因は沐浴にあります」


「ホ……聞き捨てなりませんな。魔術師殿は我々の沐浴がコロリの原因だと?」


 ギロリ、と鋭い眼光でブリューは東都をにらむ。

 獲物を品定めするようなその目に東都はひるんだが、気を取り直して続ける。


(さて、向こうには女神教としてのメンツがある。いくら女神の泉が良くないと説明したところで「はいそうですか」と、受け入れることは出来ないだろう。)


 ここで東都は考え方を変えることにした。

 女神の泉には関係ないところにコロリの原因を求めることにしたのだ。


(泉に問題がないとすると、ちょっと難問だぞ……どうやって説得したものか。)


 東都はこれまでこの世界見聞きしたこと思い出し、考えをめぐらす。

 そこで彼はあることを思い出した。


(そうだ。たしかエッヘンがこんな事を言ってたっけ……)


「病の原因は、水や空気に入り込んだ悪霊のせいです。それらが人間の体に入り込むことで病気が引き起こされる――と、エッヘン宮中伯がおっしゃってました」


「フゥン! そのとー……え、悪霊とか、そこまでは言ってない」


「エッヘン、黙っておれ」

「ヒッ」


「ホウ。ならば女神の泉には悪霊を浄化する力があってしかるべき。女神の泉の水のみ沐浴に使えば、コロリはたちどころに消え去るということですかな?」


「いいえ、そうではありません。女神の泉の水はコロリと関係ありません」


「なんだと……?」


「考えても見てください。泉の水を使ってコロリになるのであれば、原因は別にあるはずです。問題は水の他にあるのです」


 東都は勢いでまくしたてる。

 内容は本人も良くわかってないが、それっぽければ十分という凄みがあった。


「では、魔術師どのの言い分はいかなるものか?」


(うーん……中世の知識で細菌とか病気の原理を理解させるのは難しい。信仰心に訴えかける方向でいくとしよう。)


「ですので、沐浴の仕方に問題があるのでしょう。今は春ですが、日によってはまだ肌寒い。冷えた水で体を洗って冷やしていれば、病気になって当然です」


「むむむ……」


猊下げいか! 私は関係ないです! コイツが勝手に言いだしたことなんで!!」


「いえ、魔術師殿の言い分にも一理ありますな」


「へ?」


 かけたハシゴをそのまま蹴落とされて、エッヘンが目を丸くする。

 鋭い視線を和らげたブリューは、テーブルの上で手を組んでため息をついた。


「沐浴の後に体調を崩すものが多いのは事実ですからのう」


「ですので、僕は沐浴の方法を変える方法があると思います」


「ホウ。具体的にはどのような方法ですかな?」


「お湯です。熱く沸かしたお湯で水から悪霊を追い出し、石鹸せっけんを使って体をしっかり洗うんです」


「ホウ……しかしそれには大変な金がかかりますな。まきもただではありませんし、石鹸も貴重な品です」


(ふむふむ。できないことはないけど、お金の問題があるのか。なら僕のスキルが入り込む余地は十分にあるな。)


「そうですね。しかし、僕の魔法を拡張すれば解決すると思います」


「ホッホウ。魔法の拡張ですと? 一部の魔法には、使えば使うほど成長するものがあると聞き及んでおりますが、魔術師どのが使う魔法もその類ですかな」


「はい。僕の魔法は、多くの人に使ってもらうことで成長します」


「そういえば、どんどん機能が追加されてたわよね」

「ウム、そういえばそうだな」

「あれってそういうことだったのか……」


「ホッホウ。どうやら伯たちには心当たりがある様子。我々にもそのように?」


「はい。ですが、それには教会の人たちの手伝いが必要です。お風呂を用意するためには、みなさんにある事・・・をしていただく必要があります」


「ホッホウ。そのある事・・・とは、何ですかな?」


「ウンコしてください。」


「ホッホウ。つまみ出せ」


「お、お待ち下さい猊下!!」

「トート様の言ってることは本当なんです!」


「アホウ! ウンコで魔法が使えるならそこらじゅう魔法使いだらけじゃ!!

 人をバカにするのも、いい加減にせんか!」


「「本当なんですって!」」


「ホウ。絶対だまされとるぞ。ウンコ魔法とか、聞いたこと無いわそんなの!」


「ウンコじゃないです、トイレ魔法です!」


「同じじゃろ!!」


猊下げいか、ここは騙されたと思って、見守ってみてはどうでしょう。これがもし女神様の意に反する行為なら、彼はすでに罰を受けているはずです」


「むむむ。たしかに……」


「ですので、これは女神様の意思にかなうことなのです」


「ブリューさん。女神様はこの世界の全てを見守っておられるのですよね?」


「ホッホウ。もちろんじゃ」


「では、トイレも見守っているはずです。トイレだけ女神様の領域でないというのは、それは神の意思を無視する行為ではないでしょうか?」


「――ッ!??!??!」


「女神はトイレの女神でもあるのです。ここは女神様の意思を信じましょう」


「トート、といったか。魔術師どの。そなたの言うとおりじゃ……わしはなんという罰当たりなことを……」


「いえいえ。モノの見方というのは、ひとつの場所に居続けるとり固まるものです。東の国のものとして、新しい見かたを出したまでです」


(ククク……女神め。これはちょっとした復讐だ。お前をそのうち、トイレの神にしてやるぞ!!)





※作者コメント※

さいきん真面目ぶってたけど、

唐突に初期のテンションが戻ってきた。

イイゾーコレ!


この話では、むしろブリューの反応のほうが

常識としては正しいんだけど……

なんだろうな、うん、なんなんだろうな(

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